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[標本番号:No.642   採集日:2009/05/04   採集地:福島県、棚倉町]
[和名:カラヤスデゴケ   学名:Frullania muscicola]
 
2009年5月7日(木)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a) 植物体、(b) 背面と腹面、(c) 植物体腹面、(d) 葉(背片と腹片)と腹葉、(e) 背片、(f) 腹片と腹葉、(g) 葉身細胞:葉縁、(h) 同前:葉中央部、(i) 同前:葉基部、(j) 油体:葉縁の細胞、(k) 同前:葉中央部の細胞、(l) 同前:葉基部の細胞

 福島県の山中の林道(alt 480m)で樹幹についたタチヒダゴケの基部に、赤褐色から暗緑色の苔類が複雑に絡みついていた。これをほぐしてみると、ヤスデゴケ科 Frullaniaceae の苔類だった(a)。花被や胞子を放出して役割を終えた朔の名残が残っていた(m)。一つ二つといった数ではなかったので、捨てるのはやめ、標本番号を新たに与え、観察してみることにした。
 茎は長さ1〜2cm、不規則羽状に枝を出す。背片の茎への付着線は短く、背片は卵形で長さ0.5〜0.8mmで全縁、基部は耳状となり(e)、短いキールでヘルメット型の腹片につながる(b〜d)。腹片は幅が長さの0.8〜1.5倍、嘴はなく縁は全縁。腹葉は茎径の1.5〜2.5倍、幅と長さはほぼ同一で、1/3あたりまで二裂する(f)。
 葉身細胞は多角形で、葉の中央部で長さ20〜25μm、葉縁ではやや小さく、葉基部の中央には茶褐色の大きな細胞が集まっている(g〜i)。トリゴンはやや大きい。油体は、各細胞に3〜6個あり、類球形〜楕円形で、微細な粒子の集合体のように見える(k)。葉縁の細胞では小さめで球形の油体が多く(j)、葉基部の赤褐色の細胞のは大きな油体がある(l)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(m, n) 裂開した朔、(o) 弾糸の一端は固定されている、(p) 弾糸、(q) 花被、(r) 雌苞葉と雌苞腹葉、(s) 裂開した朔、(t, u) 花被を破ってみた、(v) 花被の横断面

 朔はいずれも胞子を放出し終わったものばかりだった(m, n)。弾糸の一端は朔壁の内側に固定されている(o)。螺旋形の弾糸は薄い筒状の袋に包まれている(p)。まだ朔を作っていない花被が幾つかのこっていた。花被は倒卵形〜軍配型で先端が細筒〜嘴状、背腹に扁平で、明確な稜がある(q, u)。胞子はほとんど残っていなかったが、混成するタチヒダゴケの胞子が多量に付着していた。花被を破ってみると、中からカリプトラと覚しき組織が現れた(t)。若い花被では、さらにその中から電球型の組織がでてきた(u)。花被を頂部から見ると背腹に扁平なことがよく分かるが、これを横断面で幾つかに切ってみた(v)。なお、雌苞葉の腹片はヘルメット型ではなく平面的な舌形だった(r)。腹苞葉も少し形が異なる。

 ヤスデゴケ属 Frullania の苔類には間違いない。この属については、保育社の図鑑では取扱数があまりにも少ない。平凡社図鑑で検索表をたどると、予測どおりカラヤスデゴケ F. muscicola に落ちる。種の解説は非常に簡単だが、観察結果とほぼ一致する。
 この標本を観察するにあたって、過去にカラヤスデゴケと同定した標本3点を再確認することになった(No.272No.181No.9)。過去の標本を引っ張り出して検討していると、No.272にかなり疑問を感じるようになってきた。カラヤスデゴケとはしたが、クロヤスデゴケ F. amplicrania の誤同定ではないだろうかという疑いだ。平凡社図鑑の検索表と種の解説では、両者のあいだの違いは、腹片の形だけしか読み取れない。この属についてのモノグラフ(あれば?)を参照できる環境にはない。現時点では、No.272はカラヤスデゴケのままとしておこう。