(a, b) 植物体、(c) 標本:乾燥時、(d) 乾燥時、(e) 湿時、(f) 茎葉と枝葉、(g) 茎葉、(h) 茎葉の葉身細胞、(i) 茎葉の翼部、(j) 茎葉の先端、(k, l) 茎葉の横断面、(m) 枝葉、(n) 枝葉の葉身細胞、(o) 枝葉の翼部、(p) 枝葉の横断面、(q) 茎の横断面、(r) |
東京奥多摩町の日原で石灰岩をおおうようについていた蘚類を観察した(alt 700m)。茎は岩をはい不規則に分枝し、枝は斜上し密に葉をつける。葉は乾くとゆるく茎に接し気味となり、湿るとやや開く。枝は葉を含めて幅約2mm。
茎葉は三角状卵形の基部から細く漸尖し、やや深く凹み、長さ2.5〜3.2mm、基部は細く下延し、上部の縁には微細な歯があり、他の縁は全縁。茎葉には縦皺はあまり目立たず、中肋が葉長の1/2〜2/3に達する。茎葉の葉身細胞は狭い六角形で、長さ25〜45μm、幅6〜8μm、平滑、やや薄膜。葉の横断面で中肋にステライドはない。枝葉は長さ1.2〜1.8mm、卵形の基部から漸尖し、先端は細く伸びる。基部は細く下延し、葉面は軽く凹み、葉縁は全縁ないし微細な歯があり、上部には明瞭な歯がある。中肋は葉長の1/2を超える。葉の横断面で中肋にステライドはない。茎の横断面には中心束があり、表皮は厚膜の小さな細胞からなる。
朔をつけた個体はなかった。アオギヌゴケ属 Brachythecium の蘚類だと思う。現地ではヒツジゴケ B. wichurae かもしれないと思っていた。ところが、茎葉や枝葉の形がちょっと違う。あらためて平凡社図鑑の検索表をたどってみた。
「D. 茎葉の先は毛状」か否かで迷った。とりあえず、毛状であるとみなすと、「E. 茎葉に縦皺がないか,あっても弱」く、「F. 枝はあまり円筒状」ではなく、「G. 枝葉の下部の縁には微歯があ」るのでノコギリアオギヌゴケ B. campestre となる。この種については平凡社図鑑に解説がない。そこで Noguchi (Part4 1991)にあたると、茎葉の大きさや形がかなり違う。
ついで、「G. 枝葉は全周にわたって全縁,あるいは上部の縁に微歯がある」をたどるとヒツジゴケにおちる。平凡社図鑑の解説からはよくわからないので、Noguchi(loc. cit.)にあたると茎葉と枝葉の形・大きさともにちがう。
そこで「D. 茎葉の先は毛状にならない」枝をたどってみた。朔がないのでそのまま素直にたどることはできない。ヒロハノフサゴケ B. rutabulum は葉身細胞の長さがちがう。「H. 茎葉はふつう長さ2mm以上」を選ぶと、該当する種がない。比較的近いと思われるのがヒロハフサゴケ B. salebrosum だが、解説を読むと葉身細胞が本標本より長い。
アオギヌゴケ属に該当種が見つからないので、念のためにツルハシゴケ属 Eurhynchium にもあたってみた。検索表からはオニヒツジゴケ E. eustegium が比較的近いことになる。しかし本標本の中肋は一個の歯で終わらず自然に消える。Noguchi(ditto)の記載とも異なる。結局、現段階では種の特定にまではいたらなかった。とりあえずアオギヌゴケ属として扱っておくことにした。
[修正と補足:2010.08.02]
本標本をヤノネゴケ Bryhnia novae-angliae と訂正した。識者の方から「ヤノネゴケにそっくり」とのご指摘をいただいたことで、再検討した結果の判断だ。
実は、詳細に観察した当初、ヤノネゴケの可能性も考えた。枝振りや葉の形はヤノネゴケによく似ているとは思ったが、図鑑の記述「茎葉は長さ1〜1.5mm」とかなり違う。また、いくら探しても、葉身細胞背面の上端には突起がない。2〜3年ほど前の標本(No.402、No.400、No.293)と比較したところ、いずれも茎葉のサイズは1.0〜1.8mmであり本標本の2.5〜3.2mmとはかなり違う。そこで、ヤノネゴケの可能性は排除していた。
あらためてさらに古い標本(No.174、No.62)で、茎葉サイズなどを調べてみると、茎葉の長さが2〜3.5mmほどのものが多数あった。また、本標本でも茎葉の長さが1.5mm未満のものばかりの個体もあった。葉身細胞背面上端には突起といえるようなものはやはり観察できなかったが、その点については、標本No.293でも状況は似ている。葉身細胞背面上端の突起はない、あるいは影像に捉えられないほど小さい。しかし、他の形質状態はおおむねヤノネゴケを支持している。
ご指摘ありがとうございました。
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