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[標本番号:No.224   採集日:2007/05/04   採集地:栃木県、那須塩原市]
[和名:ヤノネゴケ   学名:Bryhnia novae-angliae]
 
2007年6月29日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
 いわゆるゴールデンウイークに塩原温泉で採取したコケがまだいくつか未観察状態で残っている。そのうちのひとつ、アオギヌゴケ科らしきものを観察した。
 川のすぐ脇の岩や倒木の上に柔らかいマットをつくっていた(a)。ちょっと見た目はヤノネゴケなどに似ているように感じた(b)。たぶんヤノネゴケだろうから、ちょっと確認したら撮影などせず標本箱にいれればよいと思って、そのまま放置していた。岩をはう茎は6〜14cmの長さで、葉は乾いても展開したままで、分岐は少なく、不規則にやや羽状に5〜8mmの枝をだす(c)。
 茎葉は、長さ1〜1.5mm、三角状で先端は細く、基部はやや耳状に下延し、葉縁にはほぼ全周に微細な歯があり、中肋が葉長の3/4〜4/5に達する(d)。茎葉の葉身細胞は、長楕円形〜線形、長さ30〜65μm、幅5〜8μm、背面状態に小さな突起がある。翼部では、褐色薄膜で大きめの方形の細胞が並ぶ(e)。
 枝葉は、長さ0.8〜1.2mm、基部は三角形状に下延し、卵状披針形で先端は長く伸び、しばしば先が捻れ、葉縁には微細な歯があり、中肋が葉長さの3/4に達する(f)。枝葉の葉身細胞は、茎葉のそれとほぼ同様だが、翼部はあまり発達せず、他よりやや大きめの細胞が並ぶ(g)。
 茎葉、枝葉ともに、顕微鏡の合焦位置をずらすと、葉身細胞上端背面の小さな突起は明瞭に捉えられる(h)。いくつかの葉では、中肋先端背面には牙状の突起も見られる。岩をはう茎と、細めの枝の断面を切り出した(i)。茎葉の基部と枝葉の中程で、葉の横断面を切ってみた(j)。

 アオギヌゴケ科との判断が誤っていなければ、葉身細胞の背面上端に突起があることから、ヤノネゴケ属となる。ところが、ヤノネゴケ属の検索表をみると、葉の基部が軽く耳状となっていることから、キンモウヤノネゴケなども候補に上る。しかし、キンモウヤノネゴケについての記述を読むと、どうにもしっくり来ない。また、胞子体がついていないこともあり、決め手に欠ける。
 そこで、別の選択枝をたどると、アラスカヤノネゴケやヤノネゴケが候補にあがる。アラスカヤノネゴケにしては、植物体が大きすぎるように思える。ヤノネゴケと考えるのが最も妥当なのだろうが、枝葉の形が図鑑などの記述と少し違う。
 しかし、ヤノネゴケは非常に変異の大きい種であると書かれていることから、最も確率の高いのはヤノネゴケではあるまいかと思う。過去に何度か、ヤノネゴケを観察しているが、いまだに、ヤノネゴケというものがほとんど分かっていない(標本No.225No.174No.62)。

[修正と補足:2007.06.29 pm5:30]
 朝いったんヤノネゴケ属(Bryhnia sp.)としてアップしたが、ヤノネゴケ Bryhnia novae-angliae と修正した。何人かの方から、ヤノネゴケとしてよいのではないか、とのご意見もいただいた。変異の幅が大きい種らしいが、その「変異の幅」がまったく理解できていない。