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[標本番号:No.433   採集日:2008/05/03   採集地:栃木県、那須塩原市]
[和名:エダツヤゴケ   学名:Entodon flavescens]
 
2008年6月23日(月)
 
(a)
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(b)
(b)
(c)
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(d)
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(e)
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(f)
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(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
 5月3日に栃木県那須塩原市で採取した広くマット状に広がる蘚類を観察した。林道にそった標高900mあたり、開けた地の樹幹基部についていた(a, b)。乾燥すると、葉がやや茎に接するが、縮れることはない(c)。やや扁平に羽状に分枝し、長い茎は8〜10cmに達する。
 茎葉の大きなものは長さ2.5mmに達するが、その一方、枝先の葉は1mm未満となり、茎と枝の太さも非常に異なる。しかし、茎葉と枝葉では、形や翼部の様子はよく似ている(d)。支枝の中程につく葉を中心に観察結果を記した(e)。葉長1.5m前後の卵状楕円形で、葉先が広く尖り、二叉する短い中肋がある(e)。葉先には微細な歯があり、基部にはよく分化した翼部がみられる。
 葉身細胞は、葉の大部分では線形で、幅5〜7μm、長さ50〜80μm(g)、葉頂付近では長さ15〜30μm、翼部が発達し薄膜で大形の方形細胞が並ぶ(h)。葉の横断面(i)、一次茎と枝の横断面(j)を切り出した。茎の横断面には中心束らしきものがあるが、枝でははっきりしない。いずれも表皮細胞は小型でやや厚膜の細胞からなる。

 毛葉や偽毛葉がなく、羽根状に分枝し、葉にめだたない二叉する中肋があり、葉身細胞が線形、などからツヤゴケ科 Entodontaceae あるいはサナダゴケ科 Plagiotheciaceae の蘚類だろうと判断した。茎の横断面で表皮細胞が小さく、偽毛葉がみつからないので、サナダゴケ科ではなく、ツヤゴケ科ツヤゴケ属 Entodon だろうと思う。
 これまで、この仲間ではヒロハツヤゴケ Entodon challengeri とエダツヤゴケ E. flavescens を観察している。これらは朔をつけていたが、ここで観察した標本には朔をつけたものがない。過去の標本と比較すると、どちらかといえばエダツヤゴケに近いようにも思える。しかし、エダツヤゴケだとすると、No.241の標本とは少しばかり印象が異なる。

[修正と補足:2008.06.26]
 複数の識者の方から、エダツヤゴケではないかとのご指摘をいただいた。そこであらためて、標本の中から、いくつかの個体で、葉身細胞などを再検討した。結論としては、この標本はエダツヤゴケ E. flavescens としてよいのではないかと考えるに至った。
 

 
 
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 羽状に2回分枝した個体ばかりを選び、茎葉と小型の枝葉をいくつか比較に使用した。写真はそれらのうちの一つである(0, 1)。茎葉と枝葉の大きさは非常に異なる(2)。羽状に2回分枝した枝の中程の葉、茎の基部近くの葉を中心に葉身細胞の大きさをみた(3)。
 茎葉の葉身細胞は、幅5〜7μm、長さ45〜75μmあたりのものが多かった(4)。枝葉の葉身細胞は、幅4〜5μm、長さ35〜65μmあたりを中心に分布する(5)。先の観察では、主枝の中でも比較的大きめの葉で、葉身細胞を測ったが、今日は、敢えて大きな茎葉と小さな枝葉を、それぞれ複数選んで計測した。両者の間で、葉身細胞の幅は明らかに有意差がある。
 ツヤゴケ属には間違いない。そこで、今現在知られているツヤゴケ属のなかで、エダツヤゴケ以外の種についても、各種記述をていねいに読んで比較してみた。もっとも違和感のないのがエダツヤゴケだった。この標本も、エダツヤゴケの変異の範囲と捉えてよさそうだ。
 ご指摘と適切なコメントなど、ありがとうございました。

[修正と補足:2009.02.20]
 標本No.588で学名を平凡社図鑑などに準拠して E. flavescens としたので、それにあわせてここでも E. rubicundus から E. flavescens と修正した。