Top  観察覚書:INDEX back


[標本番号:No.0890   採集日:2010/05/01   採集地:岡山県、高梁市]
[和名:コクサゴケ   学名:Dolichomitriopsis diversiformis]
 
2010年6月14日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a, b) 植物体、(c) 標本:乾燥時、(d) 乾燥時、(e) 湿時、(f, g) 二次茎の葉と枝葉、(h) 枝葉の葉身細胞、(i) 枝葉の先端、(j) 枝葉の翼部、(k) 枝葉の横断面、(l) 茎の横断面

 先月のはじめ頃に岡山県で採取して未観察のコケが2点ほど残っていた。観察と同定を終えてすべて標本箱にしまったつもりでいた。
 高梁市自然公園の遊歩道脇で樹幹を広く覆っていた蘚類を採取した(alt 270m)。一次茎は基物をはい、二次茎が立ち上がり、樹状に枝分かれし、密にはをつける。枝先はしばしば鞭状に長く伸びる。葉を含めた茎の幅は0.8〜1.2mm、葉を覆瓦状につける。乾燥すると葉は枝に密着し、湿ると緩く開くが枝から広く離れて展開することはない。茎や枝の横断面には中心束があり、表皮は厚壁の小さな細胞からなる。
 二次茎の葉と枝葉は形も大きさも葉身細胞の様子もほぼ同じ。ここでは、枝葉について記す。枝葉は長さ1.2〜1.6mm、卵形で急に短く尖り、葉面は凹むが縦皺はなく、ほぼ全縁で、上部の縁に微細な歯がある。中肋は弱く、葉の中程よりやや上でおわる。
 葉身細胞は菱形〜丸みのある楕円形で、長さ20〜30μm、厚壁で平滑、葉の中肋近くでは長く、葉縁では短い。翼部はあまり発達せず、方形の細胞が並ぶ。葉の横断面で、中肋にはガイドセルやステライドはない。

 朔をつけた個体は見あたらなかった。イトヒバゴケ科 Cryphaeaceae スズゴケ属 Forsstroemia の蘚類だと思う。保育社図鑑、平凡社図鑑でスズゴケ属の検索表をみても、観察結果と符合するような種に落ちない。平凡社図鑑には、日本産5種とあり、そのうちの4種について解説される。しかし、いずれの種についても観察結果を満たすような解説はない。検索表にだけ名が記されるシライワスズゴケ F. noguchii は「中肋は不明瞭。葉身細胞は線形〜線状菱形」とあるのでこれもことなる。何といっても朔の様子がわからないことが致命的だ。ウスグロゴケ科 Leskeaceae オカムラゴケ属 Okamuraea のオカムラゴケ O. hakoniensis の解説も検討したが、肉眼的な姿が異なるように思えること、強壮な中肋があること、などから可能性は低い。

[修正と補足:2010.06.15]
 本標本をコクサゴケ Dolichomitriopsis diversiformis と訂正した。以下その経緯を記しておく。
 識者の方から「コクサゴケまたはヒメコクサゴケ?と思いました」とのコメントをいただいた。この仲間は全くノーマークだった。平凡社図鑑のコクサゴケとヒメコクサゴケの解説を読んでみると、確かにコクサゴケによく似ている。一方で、指摘にもあったように、葉身細胞の形が異なるようにも思えた。非典型的な葉の葉身細胞を観察していたおそれもある。
 そこで改めて標本からランダムに6本の枝を取り出して、そこについた枝葉を30枚ほど外して葉身細胞をチェックしてみた。それらの葉のうち、最も典型的と思われる枝(m)、葉(n)、葉中央部の葉身細胞(o)、葉中央部の縁の葉身細胞(p)、葉の翼部(q)の写真を掲げた。
 

 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
 さらに、過去にヒメコクサゴケ Isothecium subdiversiforme (標本No.544)、コクサゴケと同定した標本(No.830, No.436, No.221, No.199)と比較しながら、各形質の状態を再検討してみた。本標本は、乾燥すると葉は枝に密着し、湿っても葉を展開しないから、ヒメコクサゴケの可能性は低い。標本No.544を引っ張り出して比較してみたが、本標本とは明らかに別種と思われる。
 ついで、コクサゴケと同定した標本4点と比較してみた。4点のコクサゴケ標本を再検討した結果は、これまでの覚書に記したものと変わりなかった。また、本標本をそれらと比較したところ、同一種と判断するのが妥当との結論にいたった。なぜ、最初にコクサゴケの可能性を疑わなかったのかについてはよくわからない。思い込みが目を眩ませたのかもしれない。
 適切なご指摘とご教示ありがとうございました。