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日( )
2012年11月20日(火)
 
日常下駄車の冬準備
 
 ふだんの買い物車として使っている軽自動車スズキアルトの冬準備を始めた。交換するのはタイヤと不凍液、ウオッシャー液の三点だ。とりあえず一番面倒なタイヤ交換をした。小型車フォレスターのタイヤ交換をしたときと比較すると、あまりにもあっけなく楽だった。
 車体が軽いので、ジャッキアップは前軸と後軸の計二回、タイヤも軽いので作業はすぐに終わった。ホイールキャップを外してみると、鉄ホイールはかなり汚れていた(b)。アルミホイールになると、ディスクブレーキの前輪はまだしも(c)、ドラムブレーキの後輪はなんとも格好悪い(d)。とりあえずこれで、突然のチェーン規制にも慌てずに対処できる。
 
(a)
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(b)
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(c)
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(d)
(d)
 朝晩だけでなく昼間でも寒い日が続くようになってきた。引越当時の寒さを思えばたいしたことはないはずだが、灯油ストーブを焚いても10〜12度前後にしかならない室内はやはり少々寒い。顕微鏡を覗くときは足元に湯たんぽを置くようになった。

2012年11月19日(月)
 
三匹獅子舞とタヌキ埋葬
 
 絹谷の諏訪神社に獅子舞が奉納されるのは例年9月末の土日だが、その日は新潟フォーレに参加していたので、残念ながら見ることができなかった(雑記2012.9.27)。是非とも見たいと思っていたが、先週末の土曜日(11/17)、草野小学校の体育館でみることができた。荒々しく美しい舞いだった。タイミングのよいことに草野小学校が創立140周年を迎え、記念式典の最後を飾る催しとして伝統芸能発表があり、そこで舞いが披露された(a〜c)。
 
(a)
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(c)
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(d)
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(e)
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(f)
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 先日タヌキの死骸を縁側下から床下に落としてしまったが(同2012.11.17)、何とか床下に潜り込んで死骸を引きずり出し(e)、庭の一隅に穴を掘って埋葬した。よく見ると死後2週間以上経過しているようだった。ふと見ると腹から白く細長い虫が脱出を始めていた(f)。折しも周囲は紅葉が最盛期を迎えていた(d)。タヌ公よ安らかに眠れ。合掌。

2012年11月18日()
 
野生きのこの放射性物質検出値
 
 先日川内村で採取した野生きのこ二種の放射性物質検出値の報告が届いた。センボンキツネノサカズキ(a)のスペクトル値(b)と結果報告(c)、同じくクリタケ(c)の値と結果(e, f)だ。帰路通過した広野町折木で採取したコガネタケはNDだった。現時点では単にデータの蓄積段階ゆえ、これらから何らかの知見を得たり仮説を立てることはできない。
 福島県のローカル紙 福島民報には連日一面のほとんどすべてを、各地の放射線量や食物の放射性物質検出値の詳細な報告にあてられている。クリタケやチチタケなどの値もしばしば掲載される。わが家周辺の環境放射線量は筑波や我孫子などより遥かに低い。
 福島県で生活する限りは、これから先も生活空間の環境放射線量ばかりではなく、食物などの検出値をチェックしながらの生活を余儀なくされる。もっとも、すでに東日本全体が広く汚染されているわけだから、東京や埼玉で生活していようと事情は全く変わらない。
 
(a)
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 日本菌学会関東支部の第27回シンポジウム(2012/12/8)のテーマは「菌類と放射能の関係を探る」。日帰りだが、久しぶりに懇親会まで参加しようと思っている。

2012年11月17日()
 
Neolectaとメルツァー試薬
 
 カベンタケモドキなどGeoglossaceae(テングノメシガイ科)のNeolecta属は面白い特徴をもっている(a〜c)。この属には子実層に側糸がない(d)。子嚢は、直接メルツァー試薬を使おうと(e)、あらかじめKOHで前処理してから使おうと(f)非アミロイドだ。しかし、KOH中で熱してから(g)メルツァー試薬で封入すると子嚢壁が青緑色に変色する(h, i, j)。このため新たにNeolectaceae(ヒメカンムリタケ科)を創設しGeoglossaceaeから独立させるべきだとの説もある。
 子実体をKOH中で熱し(k)、水洗いをしてから、メルツァー試薬を滴下すると青緑色に変色する(l-イ)。常温のKOHに浸したものでは変色は見られない(l-ロ)。この反応の確認にあたっては、熱したKOHに浸した後、メルツァー試薬で処理する前に、必ず水洗処理を施す。なぜならKOHは酸、メルツァー試薬はアルカリなのだから。
 
(a)
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(c)
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(l)
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 朝ふと縁側から床下をみると狸が入り込もうとしていた。しかし脅かしても動かない。おかしいなと思って触れてみるとすっかり死後硬直していた。引き出そうとすと、向こう側に落ちてしまった。潜り込んで引き出すのはちょっと難しい。周囲には何となく死臭も漂っている。
 集落の溜池は、10月から11月初め頃まではすっかり水を抜かれていたが、先週あたりから水を溜め始めたようだ。今年はもう池底を歩くことはできなくなった。

2012年11月16日(金)
 
木戸ダムから乙次郎林道へ
 
 前日に引き続いて、昨日も昼食後に再び楢葉町の木戸川を遡った(a)。昨年の原発事故以降ダムから続く木戸川林道は閉鎖され(b)、路面はすっかり荒れ果てている(c)。周囲は紅葉が美しい(d)。乙次郎林道に入ろうと先に進むが、乙次郎集落で道は閉ざされていた(e)。
 林道入り口は閉鎖されているが「自己責任で進入可」と読める(f)。道の両側にはきのこ観察に絶好の斜面が続く(g)。先に進むといつの間にか川内村に入った(h)。やがて法面が大きく崩壊。先に進むのは諦めて、すごすごと引き返してきた。この日出会ったきのこといえば、乾燥しきったシモフリシメジ(i)やクリタケ(j)、成長の悪いカベンタケモドキ(k, l)くらいのものだった。
 
(a)
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(i)
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(j)
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(k)
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(l)
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 フォレスターのタイヤをスタッドレスに交換した。昨年までと比較すると一ヶ月ほど早い。川口時代と違って広い作業スペースがあるので気楽に作業できた。しかし、大きな重いタイヤを転がしたりジャッキアップしてタイヤを外したり装着する作業はやはりしんどかった。

2012年11月15日(木)
 
晩秋の木戸川渓谷にて
 
 楢葉町にある木戸川渓谷は新緑や紅葉が美しいことで知られる。ところが楢葉町は昨年の原発事故後、全域が警戒区域に指定され、今年の夏まで近づくことはできなかった。8月10日に警戒区域が解除され避難指示解除準備区域となり、町には自由に出入りできることになった。
 しかし、いまだに電気はごく一部しか通じていないし、学校はじめ病院もスーパーも開業していない。町中で日中見られるのは「除染」作業に従事する人と車ばかりだ。町を通る林道や観光施設も、そのほとんどが昨年3月の震災と夏の豪雨災害で崩れたり壊れたままだ。
 木戸川渓谷の遊歩道も例外ではない。昨日その遊歩道を歩いた。わが家から木戸川渓谷までは車で45〜50分。楢葉町に入ると、人影は急に少なくなり、渓谷にいたる道筋で出会ったのは「除染」作業の車ばかりで、観光客はもちろん町民の姿はまったく無かった。道路や駐車場、遊歩道の脇は「除染」で出た廃物に占拠されている。
 
(a)
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(c)
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(g)
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(i)
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(l)
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 落ち葉の降り積もった足元には、アイシメジあるいはシモフリシメジと思えるきのこ(c, d; e, f)やアカゲシメジ(g, h)、チャナメツムタケ(k, l)の群落が、落枝にはワサビタケ(j, k)が多数ついていた。

2012年11月14日(水)
 
秋色の背戸峨廊
 
 昨日福島県の名勝背戸峨廊を散策した(a)。といっても、昨年3月11日の地震で橋は落ち遊歩道は崩れたが、原発事故対策に追われて修復する経済的・物理的ゆとりはなく、いまだに入山禁止の標識をだしたまま放置されている。したがって渓谷歩きはすべて「自己責任」。
 人影が絶えて既に1年と8ヶ月、径はすっかり荒れ果てている。渓流脇の小径にではニガクリタケ(b)、トビイロノボリリュウタケ(c)、ムラサキシメジ(d)、スッポンタケ(e)、モエギタケ(f)、スジチャダイゴケ、ミネシメジ、ムラサキゴムタケ、ハタケシメジなどが見られた。群落をなしたスッポンタケは前日の雨でグレバがすっかり洗い流されて一様に白色となっていた。渓谷や周囲の山は紅葉がとても美しかった。写真はメモ用コンパクトカメラによる手持ち撮影だ。
 鬼ヶ城や川内村では、一部の硬質菌を除けばきのこの姿は全く見られなかった。
 
(a)
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(b)
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(c)
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(d)
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(e)
(e)
(f)
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 実体顕微鏡の照明装置がご臨終となった。半年ほど前から時折不安定となっていたが、ついにどうやっても機能しなくなった。LED照明などのスタンドを利用するしかなさそうだ。

2012年11月13日(火)
 
レイノー発症の季節がやってきた!
 
 今朝は急に冷えが強くなった。手足の先端と表面が激しいレイノー症状に襲われ、疼痛と低体温(32℃)にみまわれ、まともに動かすことができず、細かい操作は全くできない。やっとのことで、キーボードから入力する。こうなると、実体鏡の下でのカミソリ操作は不可能だ。
 そこで、ボルトナット製ミクロトームを使って、ヒダ(f, g)とカサ表皮(i, j)の薄片を切り出した。素材には、今月初めに採取したコケイロヌメリガサ(a)を使った。胞子(c, d, e)以外はすべて乾燥標本(b)からだ。ヒダ実質の散開型構造はよくわからない(g)。カサ表皮はゼラチン質に包まれていて、コントラストが弱く鮮明な画像は捉えにくい(k)。組織には高い頻度でクランプが見られる(l)。
 
(a)
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(b)
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(c)
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(i)
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 それにしても、カミソリを持つ手が硬直して操作できなくなり、衣類のボタンを独力ではとめられないなど、なんとももどかしい季節がやってきた。これまでもそうだったが、冬季はPCのキーボードも簡易ミクロトームも、専ら単なる指先のリハビリ機器になりさがる。

2012年11月12日(月)
 
無線LANから有線LANへ
 
 わが家の庭からきのこの姿がすっかり消えてなくなった。近場の山や海辺の防風林のなかでもきのこは見られない。総じて今年のきのこはほぼ終わりなのかもしれない。

 これまでバックアップ用ハードディスクには無線LAN接続のもの(Baffalo LinkStation)を使ってきたが、夜になってついにその遅さに我慢ならなくなった。そこで、メインパソコンを有線LANに切り替えた。この変更に伴って家の配線は見苦しくなっが、遣い勝手は格段に向上した。バックアップ時のファイルコピーのスピードが10〜15倍ほどに速くなった。これならUSB接続のハードディスクに引けをとらない。有線LANと遠距離無線LANの速度の違いを痛感した。
 いわき市に転居して以来、家庭内LAN環境はすべて無線LANで構築してきたので、LANケーブルを使う必要はほとんどなかった。今回の変更にともなって、あらたに25mという長いLANケーブルが加わった。これには川口市時代に持っていたLANケーブルを加工して使った。ノートパソコン、プリンター、スキャナなどは、従来通り無線LANのままだ。


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