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2017年1月31日(火) 退屈な日々:一日がとても長い!
 屋外に出ることなく、終日ただじっと炬燵の中で横になって過ごすことが如何に退屈か、このところ痛感している。やれることといえば、音楽を聴くか軽い読み物に目を通すことだけ。
 どこかでもらったらしい風邪が、今月16日頃から思いの他重症化長期化して、連日高熱と咳と悪寒に悩まされてきた。肺炎と気管支炎を起こしたことは明らかだった。習慣だった朝の散歩もできず、毎日家の中でだけ過ごしてきた。集中して何かをすることはできなかった。
 講座の最終回ということで先日28日無理して上京したが、意識が朦朧となりやっとのことで宿にたどり着くという苦い思いもした(雑記2017.1.29)。連日市営温泉に通っていたものだが、このところずっと行っていない。だからここ1週間ほどは入浴もしていない。
 風邪をひく前までは毎日がとても忙しく、もっともっと時間が欲しいと思っていた。やるべきことややりたいことが常に目の前にあって、やってもやっても次々にそれらに追われていた。ところが、ここ10日間ほどは、何もできずにただただ無為に時の経過を待つ日々が続いてきた。
 昼間寝転がっているからか、夜なかなか寝つかれない。うつらうつらしながら朝を待つ夜のなんと長いことか。日中は慢性的な寝不足感に悩まされる。毎日とにかく退屈で退屈でどうにもならない。それにしても、一日がこんなにまでも長いものとは知らなかった。
 じっとおとなしくしていた褒美か、昨日昼頃から悪寒が消え始めた。快方に向かい始めたのだろう。今日はこれからパンを買いにいわき市まで行くことにした。


2017年1月30日(月) やはりPythonではなくPerlが好き
 バイオインフォマティックスで主たる道具として使われてきたスクリプト言語は古くはPerlだけだったが、いまや西欧ではPythonが主流となり、少数だがRubyも一部では使われ始めているようだ。いずれも専用ライブラリであるBioPerl、BioPython、BioRubyというパッケージがあり、これらのライブラリーを使えば楽に処理ができるようになっている。
 これらの軽量スクリプト言語はいずれも強力な正規表現を持っているため塩基配列等の解析には大きな力を発揮する。これらはC言語と違って、プログラミングの経験の少ない者にとっても習得しやすい言語でもある。シーケンスデータを扱う者は必ずいずれかの言語を習得せねばならないわけだが(雑記2004.3.20)、これらの言語はそれぞれかなり性格を異にする。
 Perlのモットーは「やり方は一つではない」。したがって、同じことを処理するのに何通りものやり方がある。一方、Pythonでは「やり方は一つだけ」で、誰が書いても同一の処理ならば基本的にはほぼ同じコードとなる。だからPerlで書かれたコードは書き手が違えば全く異なったコードとなり、解読には苦労が多く保守性は悪い。一方、Pythonで書かれたコードは誰が書いたものでも、すぐに解読できメンテナンスが楽というメリットがある。
 マニュアルや公式の好きな人にはPythonはうってつけの言語だ。かつては日本語による解説書が少なかったが、いまや多くの良書が溢れている。一方、マニュアルやルールの嫌いな人にとってはPerlは最適な言語といえる。日本語による情報は溢れんばかりだ。
 個人的にはPythonのコードは読みやすいが、窮屈で杓子定規なところが嫌いだ。Perlで書かれたものは何をしているのか分かりにくいコードが多いが、なによりも形に縛られない自由さが好きだ。でも、使わないものはすぐに忘れていく。


2017年1月29日() 最悪の体調だった最後のギリシア語講座
 昨日はこの一年間続けてきたギリシア語とラテン語の読書会の最終日だった。その前の週の講座を風邪で欠席していたので、何が何でも出席したいと思って東京まででかけた。
 西川口駅前に車を停めて歩き出す頃には、再び高熱発作が始まりやっとのことでフラフラしながら大学の最寄り駅にたどり着いた。いつも港区立図書館で直前の準備をしてから、読書会に臨むのが習慣となっていた。ところが意識が朦朧として、結局図書館のソファーにまどろみながら時間だけが経過していった。テキストは一ページたりとも開かなかった。
 結局なんの下準備もできないまま、大学の講義室に到着した。メンバーはなじみの12名だけだった。声を出そうとすると激しくむせるので、講師にはもっぱら聴講のみと文書で伝えた。講読会が始まると意識はますます朦朧として、気が付くとしばしば眠っていた。三時間の講座がこれほど辛かったことはなかった。ノートには赤字がビッシリ書き込まれていたから、話を聞いては書き留めていたようだ。しかし、判読困難な文字が溢れていた。
 結局講座が終了すると躊躇なく西川口のホテルに向かった。会場から1時間少々に過ぎないのだが、これが丸一日かかったかのように長かった。夜になって気が付くと、連れ合いが宴会場から戻っていた。一晩眠ると少し熱も下がったのか、今朝は何とか運転できる状態まで回復していた。帰宅したのはam9:20頃。自宅は天然冷蔵庫ならぬ、室温2〜3度だった。
 いくつかの疑問点が解消され、ギリシア語読書会の最終講座に出席したのは無駄ではなかったが、議論にも参加できず、ただ熱にうなされていただけの最悪の受講だった。


2017年1月28日() ギリシア語読書会へ:夜は首都圏泊
 体調はまだ相変わらず芳しくないが、これからギリシア語の読書会へ向けて出発だ。おりしも川崎市で行われる菌懇会のスライド会に連れ合いが参加するので、軽自動車R2を使って都心に向かうことにした。今夜はビジネスホテルに泊まり、明朝帰宅の途に就くことになる。
 ふだんはたいてい東武日光線で都心に出るのだが、それだとスライド会へは大幅に遅れての到着となってしまう。車で行く分には開始時刻に合わせて家を出ればよい。自ら運転するという負担はあるが、車を使えば電車(東武日光線)を使う場合に比して格段に安い。
 昨年四月に始まったギリシア語とラテン語の読書会もいよいよ今回が最終回。長いようで短い一年間だった。講座を終えた段階で、その時の体調のあんばいで、菌懇会の懇親会会場に向かうか、宿泊先に直接向かうか決めることになる。


2017年1月27日(金) 十日ぶりの短い短い散歩
 昨日午前中、陽光が溢れて大気も暖かくなり始めた頃を見計らって、十日ぶりにすぐ近くのコンビニまで散歩した。往復でもたった500〜600メートルしかないが、久しぶりに外を歩いた。まだ本調子ではないので、なんとなく足元が不安定で多少ふらついた。
 家の二階からも雪を帯びた山は見えるが、隣家や道沿いの高い樹木に邪魔されて山の全体像は捉えられない。そこで、このミニ散歩にはメモ用のカメラをポケットに忍ばせた。
 自宅のすぐ前の市道(a)を少し歩くと(b)、ちょっとした十字路に出る(c)。このあたりの空気がきれいなことは沿道の樹木に地衣類がびっしりついていることからも明らかだ。ここからコンビニまでの100メートルほどの道からは栃木県北部の山々が目の前に広がる。男体山(d)、大真名子山と小真名子山(e)、女峰山(f)がしっかり雪をまとって天空に聳えている。
 とても短い散歩だったが、病み上がりにはこれでも結構しんどかった。昨年の今頃は、ほぼ毎日凍てついた道を5〜6Kmほど散歩していた。この十日間は極端な運動不足だ。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)


2017年1月26日(木) 自サイト内へのリンク切れが多発
 今年からトップページを「日々の雑記」に変更したが、それに伴ってディレクトリ構成が変わり、多くのファイルの設置場所にも変更が生じた。この変更に伴って、サイト内ファイルへのリンク先が変わってしまい、多くのページでリンク切れが生じてしまったようだ。
 昨年「きのこ雑記」関連のスクリプトをすべてPerl5.24仕様で書き換えたが(雑記2016.4.4)、この時にもいくつのディレクトリに変更を加えている。さらに今年に入り、「こけ雑記」の観察一覧作成のプログラムをゼロからすべて書き換えるにあたり(同2017.1.17)、いくつかのディレクトリをより管理しやすい場所に変更した。
 上記のように全体のディレクトリ構成に手を入れたので、サイト内リンクは原則としてほとんどがリンク切れとなる。そこで、機械的に変更できるものについては、そのためのプログラムを書いて処理してきたが、次々にディレクトリを掘り下げて、リンク先を自動で適切に変更するのにも限度がある。今後とも、気づいた都度に一つずつ手動で修正を施すしかない。

 今朝もよく冷えている、am4:00外気マイナス7度。熱こそ下がりつつあるが咳が収まらない。一昨日からは深呼吸をしたり咳が出ると右肺の背側に強い痛みが走る。土曜日のギリシア語読書会では朗読せずの参加となろうが、夕方の菌懇会の懇親会には出られるかどうか危うい。



2017年1月25日(水) 顕微鏡が戻ってきた:オリンパス BH2
 昨年東京八王子の友人(専門家)に整備を依頼して預けてあった顕微鏡が戻ってきた。基盤のミラーやら、プリズムもていねいに分解整備した痕跡が見られた。病み上がりというかまだ病んでいるので、きちんとしたプレパラートなどは作れないので、まずは手元にあった市販サンプルを二点ほどみて確認した(b, c)。ついで、机上に放置されていたホソウリゴケ(雑記2017.1.13)の根元付近を実体鏡の下で切りだして水道水で封入してみた(d, e)。
 昨年預けた時点では、基部のミラー周辺と、レボルバーに上に位置するプリズムに黴とゴミが付着していたため、いくら対物レンズやら接眼レンズを清掃しても視野の中は汚らしかった。同じ顕微鏡とは思えないほど、ゴミやカビのあとは見られず、ここまで変わるのかと思えるほどの「見え」の違いを感じた。接眼部の目幅調整もスムーズにできるようになっていた。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
 体が本調子でないからか、実体鏡下で薄片を切り出すのに、手先や指が震えてなかなか思い通りの場所に刃をあてられなかった。ギリシア語読書会は次の土曜日なので、本当はこんなことをしている暇はないのだが、顕微鏡の確認をしてから連絡を入れなくてはならず、読書会の下調べと音読などの準備はまたまた、後回しになってしまった。
 今朝5:00の外気温はマイナス10度、室内はマイナス4〜1度。家屋全体が冷凍庫から冷蔵庫そのものだ。おそらくこの冬一番の冷え込みと思われる。


2017年1月24日(火) 丸二日間ぶっ倒れてしまった
 21日(土)の朝から昨日までの丸二日間、ほとんど動けず一階の和室で転がっていた。たぶん熱のせいなのだろう、視野が湾曲し波打ったり回転して目前の世界が不安定そのものだった。数時間おきに計測した体温計は平熱から3.5〜4.0度ほど高い値を示していた。起き上がるのは排泄と食事のときだけだったが、それがまたひどく苦痛だった。激しい悪寒と頭痛に悩まされ、絶え間なく続く咳のため腹の痛みも耐え難かった。ひどい脂汗のため着衣がグッショリ濡れた。そのくせ少しも眠くならなかった。眠れたのは昨日早朝になってからだった。
 昨日ようやく症状が軽くなり始めた。熱が下がりはじめ激しい頭痛も収まってきた。そこでアホだと言われようが、午後になって20Kmほどはなれた温泉に行った。何日ぶりかの風呂はとても快適で、脂汗にまみれた全身をようやく洗い流すことができた。
 キノコもコケも、顕微鏡室の上に調べかけのまま放置状態。しかし、まずは今日から金曜日までに2週間分たまっているギリシア語とラテン語の下調べをしなくちゃならない。
 最近数十年間でこれほど辛い思いをしたことはなかった。まだ頭痛と咳が続いているが、先週の16日頃に捕まった風邪もようやく終息に向かい始めたようだ(雑記2017.1.18)。


2017年1月21日() 残念! ギリシア語読書会 病欠
 火曜日頃から症状が急変した風邪?のため、ここ数日はほとんど何もできない状態となってしまった。そもそも風邪がひどい状態で、冷え切った車を運転して温泉に行ったり、ストーブなしで湯たんぽのみで、長時間スクリプトのバグとりなどをしていたことが、大きく祟ったようだ。
 何もせずとも頭痛が激しく、咳のために腹が筋肉痛を起こしてしまった。鼻水がたらたらと流れ落ちる。悪寒もひどいが、全身の倦怠感もいまだ継続したままだ。とにかくフラフラして歩くのが辛い。舐めてかかっちゃいけないよ。熱に浮かされたような症状もでる。肺炎やら気管支炎を起こしていることは間違いない。昨日も終日炬燵に潜り込んで横になっていた。
 今日はギリシア語・ラテン語の読書会、参加を中止するかどうか迷ったが、つい昨夜まで残り少ない講座ゆえ参加するつもりだった。もっとも声を出すとむせてしまいまともに話ができないので、「お客さま」として読み上げや議論には加わらないつもりだった。
 今朝起きてみて、激しい悪寒や意識混濁といった熱による症状と、咳からくる横隔膜周辺の筋肉痛がひどい。読書会の三時間をじっと「お客さま」として耐えているのもつらいが、往路三時間、復路四時間の電車に耐えられそうにない。途中でぶっ倒れても困る。今日のギリシア語の読書会は病欠することにした。


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