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日( )

2019年2月16日() こんなんに違うんだ:午後2時の一階と二階の温度
 昨日の昼間は気温こそかなり低かったが、ほぼ快晴の天気が続いた。午後2時の外気温は摂氏2度だった。昼食後に一階の二部屋と二階の二部屋の温度を確認してみた。
 わが家の一階は、南側の隣家の石垣と市道の向こう側の林に遮られて、ほとんどあるいは全く日が差さない。一方二階は1時半頃から3時頃まで日が差していた。
 午後2時。一階の顕微鏡室と台所は、全く日が差さないので、それぞれ摂氏4.2度と4.5度。一階和室はわずかに日差しが届き午後1時には5.2度あった。
 この和室では午後1時にエアコンをつけた。設定温度は20度にすると一時間後の午後2時には室温が14.2度にまで上がった。
 同じ時刻に、二階は和室が15.2度、洋室が14.7度だった。そのまま横になって転がってもちっとも寒くないので、和室で暖房器具は使わずに30分ほど昼寝ができた。
 一階の和室はエアコンを設定温度20度のまま、その後も点火し続けたが、結局摂氏15度くらいまでしか上がらなかった。さらに、エアコンを切ると10分もしないうちに10度を下回ってしまった。またまた、太陽のありがたさを痛感した。
 夕食は久しぶりに鍋物にしたが、のんびりと1時間ほどかけて食べているうちに、肉(豚250g)とキャベツ1/2個(450g)など量を食いすぎた。日本酒も三合ほど飲んだ。


2019年2月15日(金) 大失敗:帰路下車駅を間違えた
 昨日は朝早く自宅を出て東京に行き巣鴨のゴロ−で靴を修正して貰った。その後、昼に巣鴨の専門店で親しい友と美味しいピザを食べた。午後は幼なじみの親友と四ッ谷の専門店「わかば」で鯛焼きを食べ、2時間ほど歓談して分かれた。久しぶりに充実した一日だった。ところが、最後にとんでもないことになってしまった。
 ふだん滅多に電車というものに乗らないからか、帰路東武鉄道に乗ったのだが、頭の中ではJRに乗ったつもりになっていたようだ。現実認識に大きな誤りが生じてしまったのだが、その時は自分の中では全く気づいていなかった。
 あまり考えることなく、JRだからここで降りなくてはと思い、とある無人駅で電車を降りた。ところがなにか雰囲気が違う。そこでようやく気づいた。この駅は朝マイカーを駐車した東武鉄道の駅ではなかった、しかし朝車を停めた駅に戻るには、待合室のない無人駅でこのあとさらに1時間ほど待たなくてはならないことを知った。
 外気温は既に摂氏−1度。寒かった。こんなところでじっと1時間も待っていたらそれこそ身体が参ってしまう。そこで、自宅まで歩いて帰ることにした。車は翌日にでも回収に行けば良いと思い、自宅に向かって真っ暗な道を歩き始めた。
 車が怖いので、スマホの懐中電灯アプリをつけて歩いたが、10分もすると電池切れで消えてしまった。闇の中を40分ほど寒さに震えて急ぎ足で歩いた。ようやくたどり着くと自宅は冷えきっていて、室内は摂氏2度しかなかった。急ぎ足で歩いたにもかかわらず、身体はすっかり冷え切っていた。今日は車を回収に行かねばならない。


2019年2月14日(木) スギ花粉が飛び始めた
 マスコミ報道でもスギ花粉が飛び始めたことを告げている。日光はスギの街。日光街道を始め例幣使街道など杉並木自体が観光の売り物になっていて、街道などの一部は特別天然記念物に指定されてもいる。花粉症の人には暮らしにくい街でもある。
 例年だと今の頃は、強い風が吹くと花粉が飛散する姿が見え始めるのだが、今年は少し様子がちがう。スギの雌花はとてもよく発達しているが(a)、雄花はまだ以外と硬い(b〜d)。自然に開いて花粉が見えているものは比較的少ない。
 雄花を縦切りにしてみると、成熟した花粉がたっぷり詰まっていた(e)。気温が多少でも上がれば忽ち飛散を始めることだろう。なお濃硫酸で花粉は赤色になる(f)。雄花をスライドグラスに一晩放置しておいたら、忽ち無数の花粉が落ちていた(g)。
 久しぶりに顕微鏡で花粉を覗いてみた。ヒノキ花粉と違って球形の雄花の一端には小さな突起、パピラが見られる。水道水(h)、KOH(i)、濃硫酸(j)で封入してみた。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
 今日はこれから靴を持って東京巣鴨のゴロ−に行く。昼食は駒込あたりかな。せっかく東京まで出るのだから、できたら四ッ谷の鯛焼き専門店「わかば」にも寄りたい。


2019年2月13日(水) 逃げ場:一部屋だけは常に暖かくすることにした
 わが家の位置する場所は終日ほとんど陽が当たらない。二階の一部では冬でも日中数時間ほど日が当たるが、一階は冬場にはほぼ終日ほとんど日が当たらない。このため、今の時期はいくら快晴の日の昼間でも一階の室温は摂氏2〜4度しかない。
 起床するとまず一階の顕微鏡室のファンヒーターを台所の方向に向けて点火する。40分ほどすると台所は摂氏7〜10度になる。この中で朝食の準備をし、食事時は足下に湯たんぽを置き、椅子のすぐ脇で300Wの電熱ヒーターを点火する。
 台所から離れる時にファンヒーターを顕微鏡室の内部に向ける。このときの顕微鏡室の温度は摂氏5〜7度。15分ほどすると摂氏8〜10度になる。その時点でデスクトップパソコンに向かって30〜60分ほど作業をする。このとき、足下には湯たんぽを置き、手元にはミニヒーターの暖気を当てながらキーボードに向かう。
 このあと朝の散歩にでる。60〜90分後に帰宅するのだが、その時の室内は再び摂氏2〜4度に戻ってしまっている。再び震えながら一階和室のファンヒーターを点火して、あわせて炬燵の電源を入れて、指先などをファンヒーターの直前で暖めながら、炬燵が暖まるのを待つことになる。ところがこの待ち時間が非常に辛い。
 寒さのためなかなか寝付けなかったり、夜中に目が覚めてしまうことが頻繁にあった。これまではさらに布団を追加して震えながら明るくなるのを待つことしかできなかった。このため冬場は前夜12:00過ぎに就寝しても、起床時刻はam3:00〜4:00だ。

 そこで先週から家の中の一部屋を「逃げ場」にすることにした。これまではあまりにも金がかかるので、冬場はエアコンを全く使ってこなかった。そこで、一階和室のエアコンをタイマーを設定して18時間ほどつけっぱなしにすることにした。
 効果は抜群だった。朝起きたときに台所が暖まるまで一階和室で待つ。散歩から帰ってきたらいったん一階和室で暖まる。かつてカミコン(妻)の生前だが1週間ほどこの方法をやってみた。ところ電気代金が一気に1万円近く高くなり、ビックリして止めたことがある。ただでさえ冬場の電気代はとても高いのだから。
 独り身になって収入が激減した今、エアコンのつけっぱなしなどとんでもないと思っていたが、背に腹は代えられない。その分ガソリン代と食費を切り詰めればよい。ありがたいというか悲しむべきか、持病対策としての絶食は経費節減にも貢献してくれる。体温が下がりすぎて危険なので以前は厳冬期には絶食などやらなかった。



2019年2月12日(火) 雪にもめげず:城山毎日登ろう会
 日向ではもうすっかり雪は解けたが、日影やわが家の庭(f)では未だにしっかり雪が残ったままだ。ふだんの散歩コースの大半は積雪も凍結もなく安心して歩けるようになったが、城山登山道にはまだしっかり雪が残っている。
 城山の上板橋登山口はいまだ雪の中(a)。しかし毎日登ろう会の人たちは雪が降ろうと関係ない。今日も8人に出会った。コースの大部分には雪が残るが(b, c)、山頂部の日向ではすっかり地肌がでている(d)。県西の山々も雪をかぶっている(e)。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
 散歩の時には、東京巣鴨のゴロ−で2005年頃に誂えたチロリアンシューズを履いていたが、やたらに足の一部に当たるようになり、痛くて履けなくなった。そこで、そこで先週あたりからは、ズックを履いて歩いている。今週にでもこの靴を修正してもらうために、巣鴨のゴロ−まで行くことにした。またSUICAに入金しておかねばならない。


2019年2月11日() 30年来の絶食について
 今年最初の三日間(2/8〜2/10)の絶食(療法)が終わった。当初五日間の予定だったが、あまりにも気温が低いためか、体温の低下が甚だしく悪寒を感じるようになり期間を短縮したものだ。今日からはまた当分の間通常通り三食食べる生活だ。
 2〜7日間ほど定期的に絶食をするようになったのはかれこれ30年ほど前のこと。それ以前にもときおり絶食を試みていたが、30年ほど前からは、ほぼ年間通算30日から40日ほどは絶食してきた。絶食後は決まって体調が良くなっていた。
 別に特定の主義主張や宗教的信念などから絶食してきたわけではない。自分の持病にとって絶食療法が有効だと感じてきたからに過ぎない。
 自分にとって絶食はあまりにも日常的な当たり前のことだから、これまでも滅多に絶食について触れたことはない(雑記2011.9.13同2015.2.27)。土日は会合や宴会などが入ることが多いから、ふだんは平日に1〜2日だけ食を絶ち、随時先々の予定などを勘案して5〜7日ほどまとまった期間実施してきた。
 絶食期間中でも、同居の家族とは食事時間に同席して、自分だけ緑茶やコーヒーを飲んでいた。家族もそれに対しては特に不自然さや違和感はなかった。
 カミコン(妻)の突然の事故死の直後は、自分の意志に反して結果的に10日間ほど絶食状態になってしまったが、こんなことは初めてだった。
 先のことは分からないが、おそらく今後も各季節に3〜7日間ほどの絶食療法は続けていくのだろうと感じている。


[節目]

2018年5月26日浅井淑子 交通事故に遭い死亡
2017年1月きのこ雑記 を廃して、日々の雑記 として再出発
 「きのこ雑記」は「こけ雑記」と並ぶサブ・サイトとした
2017年1月こけ雑記 再開
2015年6月26日福島県いわき市から栃木県日光市 へ転居
2012年1月26日埼玉県川口市から 福島県いわき市へ転居
2006年7月こけ雑記 開始 (2011年8月 中断)
2001年4月今日の雑記 開始
2000年11月きのこ雑記 開始

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