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青空の下快適な雪原散策:戦場ヶ原 | |||||||||||||
昨日戦場ヶ原から湯滝まで歩いた(a)。朝通勤混雑の終わる頃に自宅を出て、am9:45頃に三本松駐車場に着いた(b)。北風がやや強かったが青空が大きく広がっていた。自然研究路起点の赤沼へ向かう国道からは太郎山が際立って美しかった(c)。 長靴を履いて(d)、戦場ヶ原を貫く自然研究路を歩いて(e〜h)、泉門池に着いた(i)。誰もいなかった。ここまでは多数の踏跡があったが、湯滝に向かう道は途端に踏跡が少なくなり、一人の足跡があったのみだった(j)。積雪も深くなった。湯滝(k)には誰もいなかった。よく見れば滝の下部でエテコウがエサを探していた(l)。 |
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湯滝を後にして小滝を経て、通行止めの道に入った(m)。誰も歩いておらず、小動物の足跡だけがあった(n)。長靴が結構潜った(o)。再び戦場ヶ原にでて、木道(p)の端に腰かけて昼食をとった(q)。昼頃から風は止んで日向は暖かかった。pm1:40頃車に戻ると気温は5℃まで上がっていた。
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スライサーで抉ってしまった左手の薬指の傷は、よくみれば指の骨に達する直前まで及んでいる。傷口に触れたり指や腕に力がかかるとすぐにまた出血する。傷口は乾燥し始めたばかりで、少しでも水がかかるとたちまち負傷当時の状態に戻ってしまう。そのため市営温泉やしおの湯には立ち寄らずに帰宅した。 | |||||||||||||
猛烈な烈風が一日中吹きまくった | |||||||
昨日の北風は凄まじかった。前日も強い北風に悩まされたが、それを遥かに上回る強い風が一日中吹きまくった。早朝から家の窓や戸がガタガタ音を立て、木の枝や落ち葉が宙を舞っていた。覚悟を決めて、マフラーと防風用の眼鏡をかけて散歩に出た。 城山の山頂周りが伐採で裸になったので、自宅近くからも頂の東屋が明瞭にわかるようになった(a)。城山では強い風のため何度も押し倒されそうになって樹木にしがみついた。山間部は厚い雪雲に覆われていた。高原山は全く見えず、手前の鶏岳が浮き上がっていた(b)。山頂の東屋にかかっている寒暖計は、煽られ続けてガラス棒は吹き飛ばされていた(c)。山頂で短時間動画を撮った(動画1 [13秒]、動画2 [27秒])。 |
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散歩のあと左手の薬指の絆創膏を外してみた。蒸れて白くなりすっかりふやけていた(d, e)。持病の強皮症の影響もあるのか、白い部分はいとも簡単に崩れてしまう。傷口にはガーゼ模様が刻印されている(f)。指先に迂闊に触れると簡単に崩れてしまうので、改めてガーゼをかぶせて布絆創膏で巻いて保護した。 スライサーでしくじったのは初めてだった。それにしてもたった一本の指先の怪我で日常生活にいろいろな支障が出るものだと痛感した。そのうちに指先保護装置の着いた少しましなスライサーを入手したいと思っている。 |
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[午後追加] 指先を一緒にスライスしてしまった | |||||||
ふだん生姜や大根の薄切り酢漬けをしばしば作る(a, b)。数年前までは包丁を使って薄切りにしていた。しかし包丁では0.8〜1.0mm厚に切るのが難しい。そこで2年前に680円でスライサーを購入した(c)。安物なのですぐに切れが悪くなった。刃の交換や研いだりはできない。最近はやや力をこめないとうまく切れなくなっていた。 昨日生姜を薄切りにするため、スライサーを使っていた。生姜が小さくなる前にやめたつもりだった。力が入っていたのでタイミングを失してしまった。あっと思った時には既に遅かった。左手の薬指を刃に引っ掛けてしまった。 一気に血が噴き出し、指先は真っ赤に、生姜も真っ赤に染まった。表皮だけではなく真皮の部分までスライスしてしまったようだ。痛みが走った。いそいで指に輪ゴムをかけて止血を試みたが、なかなか血が止まらない。やがて指が紫色を帯びてきた頃にようやく出血がとまった。そこでゴムを緩めて、ガーゼをあてて絆創膏で覆った(e, d)。その後輪ゴムをさらに緩めて絆創膏を張り替えた(f)。 |
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山頂からの展望が大きく開けた | |||||||
昨日は気温こそ例年より高かったが、猛烈に強い北風が唸りをあげて吹き続けて寒かった。朝8:00の気温は6℃もあった(a)。強い風に押し倒されそうになりながら城山に登った。立入禁止のテープが大きく煽られていた(b)。山頂周りの杉はほぼ伐採されつくして(c)、山頂からの展望は大きく開けた。北から南西まで広く見渡せる(Video 22秒)。 近々赤薙山に登りたいと思って、散歩からの帰り自宅前の道路から女峰山群を眺めた(e)。ここ数日でかなり雪が着いた様子だ。改めて望遠鏡で覗くと、スノーシューかワカンが必要そうだ(f)。画像(f)で「危険な痩せ尾根」と記した場所ではしばしば雪崩が起きている。また時折雪庇もできる。気温の高い日や強風の日には通りたくない。 |
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オウレン最盛期:城山 | |||||||
昨日の朝、自宅近くから鶏鳴山を見ると長畑側の斜面にも結構雪がついていた(a)。この山は長畑側から登るのが一般的で、小来川側から登るのはかなりマニアックだ。案内標識は一切なく、上部は猛烈な急斜面で鎖やロープはない。道も随所で獣道そのもの。対照的に長畑側からのルートはよく整備され、急斜面にはロープが張られている。 日曜日(2/25)に小来川側から山頂に着いたとき(雑記2024.2.25)、一般ルートの長畑側からの足跡はまったくなかった。だれも一般ルートから登っていなかったということだ。しかし昨日の雪模様を見て誰も登っていなかったことに納得した。 |
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城山ではいまオウレンが最盛期を迎えている(b〜f)。例年より10日〜2週間ほど早い。蕾から花の終わりまでいろいろなステージを一カ所で見られる。日曜日だったからか、下板橋側の駐車スペースには県外車を含めて5台ほど止まっていた。 スマホを手に群落の中にずかずか踏み込む姿には不快感をおぼえた。彼ら彼女らの歩いた跡には多数のオウレンが踏み倒され潰れていた。 |
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靴底の雪団子に悩まされた:鶏鳴山 | |||||||||||||
昨日東小来川公民館の駐車場に車を駐めて鶏鳴山に登り、同じコースを下山した(a)。これまではいつも鶏鳴山の東側、長畑側から登っていた。今回は山の西側の東小来川側から山頂を目指した(b)。山陵の北面になるので冬期は長畑側より雪が多い。 前日までの3日間は終日湿った雪が降り続けた。am9:00頃駐車場に着き、am9:10頃歩き出した(c)。しばらくは林道を進む(d)。林道から仰ぐ鶏鳴山はしっかり雪をまとっている(e)。すぐに林道は雪道になり(f)、やがて沢沿いの山道に入る(g)。 気温が上り、積雪はグズグズのザラメ雪状態になっていた(h)。雪は落葉の上に積もっているので、非常に滑りやすい。山頂まではずっと猛烈な急斜面。チェーンスパイクを着けて歩いたが、数歩歩くと靴底は雪団子になり、滑落の危険が増大する。 急斜面から山頂稜線に出たときはほっとした(i)。am11:35頃山頂に着いた(j)。無論誰もいない。積雪は5〜10cm。気温が上り出しているので、長居は無用。すぐに下山にかかった。下山路を見下ろすとゾッとした。眼下には、濡れて滑りやすい落葉の堆積の上にザラメ雪が5〜6cm程乗った状態の急斜面があった。 登り以上に雪団子はすぐに大きくなる。チェーンスパイクがまるで効かない。そこで、8mm20mの補助ロープを樹にかけてこれに掴まって下山というパターンを繰り返した(k)。樹木と樹木の間が10m以上離れている斜面では非常に緊張した。 林道まで下りた時には心底ホッとした。駐車場に戻ったのはpm2:05頃だった。登りはおよそ2時間20分、下りは2時間半。登りより下りに時間がかかったのは初めてのことだった。恐怖の雪団子急斜面だった。 |
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この日は万一のために、12mm40mザイルと12本爪アイゼンも車に積んででかけた。しかし林道の状態をみて、補助ロープとチェーンスパイクの利用にした。 もし補助ロープも持っていなかったら、ほぼ確実に滑落していたことだろう。グズグズの雪に対しては12本爪アイゼンも役に立たない。下山時は滑落に備えてカメラはリュックに収めた。撮影しているゆとりは殆どなかった。 |
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SDカードが入っていなかった! | |||||||
雨や雪のためこの三日間は朝の散歩も野山歩きもできなかった。昨日も明るい時間帯はずっと雪。夕方には霙から雨になり、暗くなるころに止んだ。 妻の死後食事内容は調理過程を含めてすべて、Olympus Tough TG-4(a)で記録してきた。このカメラは数年前に強い衝撃を受けて物理的に損傷した(雑記2021.6.28)。電池室の蓋も固定できなくなった(b)。そこで養生テープで蓋を抑えて使っている(c)。すぐに緩む上、通電がとても不安定だ。屋外では使えないため室内撮影専用機にしてきた。
長時間山歩きをする日は、調理に時間はかけられない。調理に時間をかけるのは雨や雪の日だけだ。昨日は2時間ほどかけてカレー粉と5〜6種の香辛料、合挽肉、野菜類でカレーを作った。調理途中の段階でも撮影した。就寝前、画像をPCに移そうとカメラから記録媒体を取り出そうとした。ありゃぁ、媒体(SDカード)が入っていない。 |
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以前TG-4を修理したいと思い見積りを取った。17,600〜31,900円という額に驚いて修理をやめた。結果として入手したのが中古品のTG-6で、18,000円だった。 | |||||||
霙とボタ雪の一日:終日気温が低かった | |||||||
昨日は一日中気温が低く、午前中から夕方にかけて霙や湿った重いボタ雪が繰り返し降った(a, b)。しかし雪はほとんど積もることはなく(c)、夕方には完全に消えた。正午頃に玄関柱の寒暖計を見るとほぼ零度前後。室内の温度も上がらず、寒い一日だった。 屋外活動はできないので、時間をかけて昼食や夕食の準備をした。昼食は炊き込みご飯にシャケの切身(e)、夕食は鍋物にした(f)。ベースはタラと鳥肉、昆布。 |
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夜中から再び雪が降り出し周辺も庭も白くなってきた。am6:30、まだ降り続いている。昨日の雪と違って、軽い雪だ。外気温はこの時刻−2℃。 一昨日、昨日と2日間屋外活動をしなかっただけで、血圧に大きな変化があった。この10日間ほど、食事の量と質はほぼ同じだったが、今朝は157/94、昨日朝は153/83。それ以前の10日間の朝は130〜145/73〜82だった。測定はいずれも朝食前。 |
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使わない言語はたちまち脳から消え去る! | |
昨日は朝のうちは気温が高かったが、午後になって次第に気温が低くなった。一日中雨だったので、朝の散歩はもちろん、屋外には一切出なかった。昼頃までコタツに入って、久しぶりにビデオを観たり読書をして過ごした。 読んでいた本の中でプラトンからの引用があった。それを読むと、解釈が何か違うんじゃないかと感じた。そこで昼食後に、その言辞のオリジナルに当たろうと "PERSEUS DIGITAL LIBRARY" に入って当該テキストを開いてみた。 まるでチンプンカンプン、まさに It's greek to me. 状態になっていた。かつて2年間も毎週土曜日に上京して明治学院大学まで通って、ギリシア語原典で読んでいたテキストなのに(雑記2011.4.15)。語彙を忘れているだけではなく、基本的な文法事項や動詞の活用をすっかり忘れていることを痛感した。老化が急激に進んでいる! 4年ほど前の冬に1ヵ月間ほど基礎からギリシア語を再び学習し始めたが中途半端なまま中断してしまい現在に至っている(同2019.1.22、同2020.1.7)。老化防止もかねて改めてゼロから勉強し直そうと思い、かつて使っていた教科書を引っ張り出した。いつまでどこまで続けていけるのかわからないが、とりあえず第一課から学習を始めた。 |
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日光だいや川公園までのつもりが | |||||||||||||
昨日自宅から神橋まで歩いた(a)。前日気温が高く終日雨が降り続いたため山々の様子がすっかり変わった。高い山々では雪が一気に減り、表層雪崩の恐れも大きくなった。一方低山では木の根が濡れ、遊歩道がぬかって、とても滑りやすくなった。 そこで山を歩くのはやめにして、日光だいや川公園まで歩いて園内を散策するつもりでam7:45頃自宅を出た。家を出ると、空はどんより曇って女峰山群は雲に覆われていた(b)。やがて少しずつ日光連山を覆う雲は少なくなってきた(c〜e)。 日光だいや川公園(f)で農協直売所に立ち寄ってから東屋で一休みした。園内では多くの人たちが散歩していた。ここから歩いて引き返そうと思ったが、気が変わった。そこで大谷川の堤防沿いの道を歩いて(g)日光駅に向かった。JR日光駅(h, i)、東武日光駅(j)、旧日光市役所記念公園(k)の前を通って、神橋(l)まで歩いた。 憾満ヶ淵まで歩こうかとも思ったが、空を見ると今にも雨が降り出しそうだった。そこで神橋をGoalにして、JR日光線で引き返すことにした。JR日光駅にたどり着くと、タイミングよく数分後に宇都宮駅行の電車がでるところだった。昼の12:40頃帰宅した。 |
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昨日は呆れるほど気温が高い一日だった。5月下旬の気温だという。そんな中、18Kmほどの距離を半袖シャツ一枚で歩いた。それでもかなり汗をかいた。 | |||||||||||||
〇 | 2021年6月20日 | 庚申山にて遭難:自力で生還 (たわごと 2022年6月15日) |
〇 | 2018年5月26日 | 浅井淑子 交通事故に遭い死亡 |
〇 | 2017年1月 | きのこ雑記 を廃して、日々の雑記 として再出発 「きのこ雑記」は「こけ雑記」と並ぶサブ・サイトとした |
〇 | 2017年1月 | こけ雑記 再開 |
〇 | 2015年6月26日 | 福島県いわき市から栃木県日光市 へ転居 |
〇 | 2012年1月26日 | 埼玉県川口市から 福島県いわき市へ転居 |
〇 | 2006年7月 | こけ雑記 開始 (2011年8月 中断) |
〇 | 2001年4月 | 今日の雑記 開始 |
〇 | 2000年11月 | きのこ雑記 開始 |
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