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体調不良、散歩からもどってぐったり | |
昨日は早朝散歩のあと、引き続いて近郊の低山に登ろうと思っていた。ところが散歩から戻るころから、猛烈な疲労感と倦怠感に襲われた。 とりあえず二階の寝室で横になろうと思った。ところが二階に上がるのが辛くて、台所で椅子に座り込んでしまった。すぐに強い眠気に襲われて、しばし椅子に座ったまま居眠りをしたようだ。気がつくと40分間ほど眠っていた。 食欲はまったく衰えていなかった。ということは問題にするほどのことではないのだろう。昼食後YouTubeで音楽を流して一階和室で昼寝をした。EdgeやGoogleは広告がうるさいが、Braveは一切の広告を排除してくれる。 結局この日は何もせずただゴロゴロして過ごした。ここ半年ほどの寝不足が影響しているおそれが強い。pm9:30〜10:30就寝、am3:00〜4:00起床。夜中に尿意を催して数回目が覚める。そのせいか熟睡感がない。これが寝不足の最大の原因だ。 |
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久しぶりに検鏡写真を撮った | |||||||||||||
以前は持ち帰ったきのこやこけは詳細に観察して記録し、乾燥標本として残していた。肉眼的所見、顕微鏡的所見、呈色反応などはもちろん、顕微鏡では一標本につき少なくとも50〜100枚ほど撮影していた。この作業はとても時間がかかった。 きのこの場合は基本的に生標本をベースに観察・記録していたので、一日に処理できるのは2〜3点までだった。処理能力を越えて持ち帰ったものは、とりあえず肉眼的記録だけとり乾燥標本にしてしまい、後日検鏡して記録を完成させていた。 一方、こけについては持ち帰った標本は、採取した日時と場所だけを記録し、苔類以外は放置乾燥させ、後日観察記録を記していた。苔類は油体だけ記録したのち乾燥していた。こけは乾燥標本を湿らせれば、直ちに生状態同様に復帰する。ただきのこに比べて構造が複雑なので、一日に観察・記録できるのは1種類が限界だった。 2018年カミコン(亡妻)の死後、きのこもこけも研究的活動は一切やめた。だから最近では、時折検鏡はしても撮影まですることは滅多にない。
昨日は朝から雨。山歩きはできない。古典語や数学、プログラミング言語などの勉強ばかりではやたらに眠くなる。そこで久しぶりに顕微鏡撮影をすることにした。 |
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検鏡だけで撮影をしないでいると、画像処理の一連の段取りを忘れてしまう。昨日も画像の保存方法、スケールの貼付方法などを思い出すのに多少手間取った。さらに手の指が動かなくなっているため、薄片作製が思い通りにできなくなっている。 | |||||||||||||
大沼消失、弁天池健在:鶏頂山 | |||||||||||||
日塩道路の登山口から鶏頂山を往復した(a)。金曜日から天候が崩れるという予報を聞いて、昨日高原山に向かった。am7:30頃に赤い鳥居(b)前の駐車場に車を駐めた(c)。 例年この時期にはカラマツ林の林床にハナビラタケが出る。そこで左右に丁寧に目配りしながらゆっくり歩いた(d)。しかしハナビラタケは見つけられなかった。大沼に行って唖然とした。水がまったくなく、単なる平らな草地に変貌していた(e, f)。 弁天池には例年と変わらぬ大きさの池があった(g)。ここから遊歩道は岩の多い急斜面になる。随所にご愛嬌の小さなハシゴがある(h)。あっても邪魔にはならないが、無くても全く支障ない。山頂までずっと雲の中だった(i)。展望はゼロ、何も見えず面白くないので、釈迦ヶ岳に寄るのはやめにして下山にかかった。駐車場に戻ったのはam10:00前だった。気温こそ低いが湿度が高く、蒸し暑かった(j)。 |
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今年はどこに行ってもきのこの姿が異常に少ない。この日出会ったのは一部の硬質菌を別として、カラマツベニハナイグチ(k)とアセタケの仲間(l)だけだった。 昨年までは鬼怒川公園の岩風呂で汗を流してから帰宅していたのだが、施設の老朽化とかで今年の3月末をもって閉館となり(雑記2024.3.30)、今はこんな状態だ。 正午前に帰宅したので、朝作った握飯は、厚揚げなどを添えて昼食として食べた。 |
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猛暑の中の早朝散歩にて | |||||||||||||
昨日の朝食は久しぶりに米の飯にした(a)。am5:20頃散歩に出た。周辺の水田では稲がずいぶん大きくなった(b)。蕎麦の実ができ始めている(c)。栗林ではイガができ始めている(d, e)。田んぼの畔ではノカンゾウがよく咲いている(f)。 城山はガクアジサイの季節になった(g)。平地でも城山でもヒメコウゾが赤い実をつけている(h, i)。日光に転居して以降、この実に出会うと立ち止まって口にするのが習慣になっている。とても甘い。ひと頃の桑の実のときと一緒だ。 城山の山頂に着くと、常連3人が他愛もない話をしていた(j)。周辺を眺めながら、10分間ほど仲間に加わった。日光連山は見えず(k)、高原山がぼんやり見えた(l)。気温は既に22℃、湿度は76%になっていたが、じっとしていると風が気持ちよかった。 |
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下に降りると風はなく、とても蒸し暑かった。道草と雑談などのために、帰宅するとam8:30を過ぎていた。3時間以上の散歩だった。そろそろ車検が終わった旨の連絡が来る頃だと思って、代車で出かけるのは控えた。夕方FITが車検から戻ってきた。 | |||||||||||||
山中の湖水めぐり:切込湖刈込湖 | |||||||||||||||||||
奥日光の切込湖刈込湖ハイキングコースを歩いた(a)。切込湖と刈込湖は遊歩道を歩かず、対岸を歩いた(b)。水位がかなり低くなって湖が小さくなっていた。 天気予報で暑くなるというので、奥日光に逃げ出した。どこへ行くか決めていなかった。無料駐車場があり、適度に涼しい場所を歩きたいと思った。山登りをするほどの気力はなかったので、結果として切込湖刈込湖のハイキングコースを選んだ。 am8:20頃に光徳駐車場に代車を駐めた(c)。空気はひんやりしていた。靴だけを履き替えて山王峠に向かった(d, e)。涼しくて快適だった。ここから涸沼(f)を経て切込湖に着いた(g)。ここで遊歩道を離れて対岸を進んだ。そのまま刈込湖(h)へ。 小峠で昼食にした(i, j)。この先、遊歩道でヒカリゴケ(k, l)を楽しんだ。遊歩道からどんどん降りて蓼の海(m)でしばし休んでから、湯ノ湖(n)に出た。体長45cmほどの大きな魚が群れていた(o)。湯滝の下に降りる遊歩道でシイタケ(p)を採取した。逆川に沿って歩き、pm2:40頃車に戻った。車に乗り込むと急に雨が降り出した。 市営温泉やしおの湯で汗を流して、pm5:00過ぎに帰宅した。玄関の温度計は28℃を示していた。最も暑い時間帯を涼しい場所で過ごすことができた。 |
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持ち帰ったシイタケは虫抜きをした後、焼いて酒の肴にした。 | |||||||||||||||||||
城山からの雲海が見事だった | |||||||||||||
昨日は早朝と午後の二度散歩に出た(a)。am6:10の気温は20℃(b)。歩きだすと一面に白い雲の中で城山は見えなかった。城山登山口の駐車場の背景に聳える日光連山は全く見えなかった(c)。登山道の途中からも稜線は全く見えず(d)。稜線上ではトンボソウだかクモキリソウだか、野生蘭が今にも咲きそうだ(e)。 am7:25分、山頂(f)からの景観は素晴らしかった。気温は22℃(g)。足元は雲の海だった。日光連山(h)、高原山(i)、近くの鶏鳴山(j)が雲海の上に浮かんでいた。町並みは部分的に僅かに見えるだけだった。am8:00頃に下山すると雲はすっかり消えていた(k)。 |
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昼になると気温も湿度もぐんぐん上がりだした。ここ数日の暴飲暴食で体脂肪がすっかり増えた。そこで昼食後pm2:00頃に再び散歩に出た。気温は32℃(l)、湿度88%。 久しぶりに史跡二宮林を歩いた(m, n)。この時期蕎麦の花が一面に咲いている(o)。遠目に紛らわしいのが耕作放棄地に一面に咲いたヒメジョオンだ(p)。今月はじめ頃から至る所でネジバナが咲いている(q)。またヒメコウゾがあちこちで美味しそうに熟した赤い実をつけている(r)。早朝も午後もこの赤い実を頬張りながら歩いた。 |
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昨日の午前中にホンダFITを車検に出した。これまた大きな痛い出費となる。 | |||||||||||||
ミヤマトンビマイ最盛期:滝尾古道 | |||||||||||||
昨日は終日雨が降り続いた。昼前にわずかな時間小雨から霧雨になった。その時間帯に滝尾古道の杉並木(a)を歩いた。夕方には再び激しい雨になった。 杉の大木の根元付近にすっかり成熟したミヤマトンビマイが多数出ている(b〜f')。そのうちから5株ほどを取り上げた。中には参詣道の石畳そのものから出ているものもあった(b〜b'')。よく踏んづけられずにここまで育ったものだ。この日出会った中でも、大きな株は径40cm以上に育っていた。 |
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この参詣道もいまやヤマビルの群居する場所になっている。この日は長靴にヒルファイターをスプレーして歩いた。それにもかかわらず車に戻るとズボンの右膝のあたりに2匹、左右の長靴の中にそれぞれに3匹ほどが入り込んでいた。 | |||||||||||||
イベント予告で駐車場は大混雑:霧降高原 | |||||||||||||
霧降高原キスゲ平から丸山経由で赤薙山に登った(a)。「OZASAフェス2024」というイベントのため駐車場はすべてほぼ満車状態だった。 am6:50頃キスゲ平に着いたが、いつもならこの時間には必ず駐められる第一駐車場は満車、第二駐車場も同じく満車、かろうじて第三駐車場に僅かな空きがあって、そこになんとか駐めることができた(b, c)。am4:30には第二駐車場まで満車だったという。 丸山トレッキングコース(d)から八平ヶ原(e)を経て、丸山を目指して急斜面を登った。途中から駐車場を見下ろすと、第一から第三まで車だらけだった(f, g)。大山(h)は下の方に、階段の終点にある展望台(i)や赤薙山に登る人の姿が見えた(j)。 |
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丸山の頂(k)には誰もいなかった。赤薙山から奥社跡への稜線が見えていた(l)。丸山を降りて赤薙山に向かう途中では、次々と丸山に登るハイカーとすれ違った。 赤薙山に向かうハイカーの姿も多かった(m)。振り返って丸山を見ると何人もの姿があった(n)。急斜面で立ち止まって休んでいる十数組のハイカーを追い越して赤薙山の頂に着いた(o〜q)。この時まだam9:40頃だった。 時間的には女峰山まで行くことは十分可能だが、イベント帰りの車で道路が渋滞することが目に見えている。そこで赤薙山から戻ることにした。赤薙山と帝釈山との間の岸壁の赤いバンドをしばし眺めてから下山した。長大な木製階段では多くの人とすれ違った。これほど多くの人に出会ったのは初めてだった。 |
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駐車場に帰り着いたのはam10:50頃。第三駐車場の利用は初めてのことだ。イベント帰りの車が動き出す前に急いで霧降高原を後にした。am11:30には帰宅していた。山で食べるつもりだった握飯は自宅での昼食となった。 | |||||||||||||
浅はかで怠惰な食生活のつけ | |
昨日は朝から夕方まで雨が降り続いた。たいして強い雨ではなかったが、散歩に出る気分にはなれなかった。結局終日室内で過ごした。 午前中はもっぱらユーチューブで高木凛々子のバイオリンを視聴して過ごした。チャイコフスキー、メンデルスゾーン、ベートーベンのバイオリン協奏曲を、オーケストラとピアノの伴奏で味わった。午後は高橋真梨子と中島みゆきの唄を聞きながら、MySQLの再学習を始めた。長い事使わなかったために、基本をすっかり忘れている。
室内でじっとしているとろくなことはない。外に出られない反動か、ふだん以上の量を胃袋に入れてしまう。さらに音楽を聞きながら、絶え間なく間食を続け、夜は夜で夕食後にウイスキーの炭酸割りをたっぷり飲んでしまった。 |
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常連と山頂で雑談:古賀志山 | |||||||||||||
先日お試し参加で歩いた時のペースで古賀志山の一般ルートを歩いた(a)。前日の黒檜岳では寝不足のため非常に疲れたので、そのリハビリ山行でもある。 森林公園の大駐車場に着いたのはam8:50頃、気温は23℃だった(b)。赤川ダムから古賀志山の頂を望遠鏡で眺めると、山頂の電波塔がよく分かる(c, d)。杉の伐採工事のため湖畔の道に迂回させられた。竣工記念碑があることを初めて知った(e)。 意識的にゆっくりゆっくり歩いた。日陰はさほどではなかったが、日向は猛烈に暑かった。汗を拭おうとポケットに手をいれるとハンカチがない。自宅の玄関に置き忘れたらしい。駐車場にいた数組の団体さんは、まだ山頂には到着していなかった(f)。山頂からの眺めは遠くが霞んでいた(g)。遊歩道にはオカトラノオの群落が目立った(h, i)。 ダムの下まで降りると、樹林の中では29.1℃だった(j)。立入禁止となっている本来の遊歩道脇では杉の伐採がかなり進んでいた(k)。車に戻ると直射日光に照らされて車内の温度計は36℃を示していた(l)。走り出すとすぐに29℃になった。 |
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この日は山頂で40分間ものんびり過ごした。山頂で出会った高齢女性らと中年男性の談笑の和に加わった。それぞれ単独でやってきた二人の女性は、雑談のなかで同じ山の会の会員だと判明した。会の定例山行がない日は、雨でもない限り毎朝古賀志山に登っているという。いわば常連だ。二人とも入会から10年以上経つが、250名もの会員がいるので、互いにはっきりとは認識していなかったという。 中年男性は軽装で、この日2度目の山頂だという。古賀志山には毎日登るという常連が少なくとも数十人いる。この女性らも男性もそのうちのひとりだった。 |
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〇 | 2021年6月20日 | 庚申山にて遭難:自力で生還 (たわごと 2022年6月15日) |
〇 | 2018年5月26日 | 浅井淑子 交通事故に遭い死亡 |
〇 | 2017年1月 | きのこ雑記 を廃して、日々の雑記 として再出発 「きのこ雑記」は「こけ雑記」と並ぶサブ・サイトとした |
〇 | 2017年1月 | こけ雑記 再開 |
〇 | 2015年6月26日 | 福島県いわき市から栃木県日光市 へ転居 |
〇 | 2012年1月26日 | 埼玉県川口市から 福島県いわき市へ転居 |
〇 | 2006年7月 | こけ雑記 開始 (2011年8月 中断) |
〇 | 2001年4月 | 今日の雑記 開始 |
〇 | 2000年11月 | きのこ雑記 開始 |
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