HOME  since 2001/04/24 back
アクセスカウンター


日( )

2024年9月10日(火)  コウボウフデ:龍王峡ではまだ、鶏岳では若い菌
 昨日はコウボウフデとクロカワの発生の様子を確かめるため、午前中に数ヶ所の観察地を回った。結果としては、龍王峡(a)ではコウボウフデはまだ殆ど顔を出しておらず、一つだけ菌蕾が出ていた(f)。ドクツルタケやシロオニタケがやたらに目立った。タマゴタケ(b, c)、ベニイグチ(d, e)がよく出ていた。
 鬼怒川の公園では赤色系のホウキタケ類(g)やハナビラタケ(h)が見られた。ここでもシロオニタケは大繁盛だった。鬼怒川温泉の裏山ではシロオニタケとアカイボカサタケばかりで、ニンギョウタケやアオロウジは陰も形もなかった。
 塩谷町の鶏岳に行ってみると、コウボウフデがかなり成長していた(j〜m)。先日見られたソライロタケやコンイロイッポンシメジ、ナスコンイッポンシメジは既に何処にもなかった(雑記2024.9.4)。ヤマビルに腕と首をやられた。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 日光だいや川公園では小学生の遠足で大賑わいだった(n, o)。クロカワはまだ全く出ていなかった。ここでもシロオニタケは大繁盛だった。
 昼過ぎに帰宅すると、玄関柱の温度計は32℃を超えていた(p)。鬼怒川で採取したハナビラタケの虫抜きをして(q)、龍王峡から持ち帰ったコウボウフデの菌蕾を縦断してみた(r)。顕微鏡で覗くと多数の子嚢が見えた。


2024年9月9日(月)  1週間続けて野山を歩けた:感謝感謝
 今月は1日から始まって7日まで連日山歩きをすることができた。連続1週間も山歩きをできたのは、2018年以降では初めてのことだ。その要因のひとつは、9月1日(日)こそ雨だったものの、それ以外の日は少なくとも午前中は雨には降られなかったこと。今一つは、慢性疲労や強い倦怠感があってもなんとか歩ける状態だったこと。
 起床時に階段の上り下りが辛くとも、なんとか山を歩けるものだ。歩き始めこそ非常に辛いが、やがてそれも薄れてくる。体が感じている辛さと脳の認識の間のズレのなせる技だろう。また、自然環境のなかに身を置くことが好きなこともあろう。
 一病息災とはよくいったもので、持病の全身性強皮症を抱えているゆえに、健康には人一倍気を使ってきた。食生活と日常的運動に関しては、かなり意識して生活してきた。そして持病の悪化からくる不調は、そういうものだと受け入れてきた。
 ふだんから薬や病院とは全く無縁だ。よほどのことでもない限り医者にはかからず、薬も飲まない。でもそれだけではないだろう。同世代の知人・友人らを見回すと、大多数が日常的に薬を飲み、しばしば医者にかかっている。
 就寝前にいつも感謝していることがある。今日もまた何事もなく一日無事に過ごすことができたと。そういった体を維持できていることに日々感謝している。昨日の朝もまた無事に早朝散歩を終えた。そのことに感謝しながら家路についた。

 昨日の昼食は久しぶりに具沢山のラーメンを作った。前日に塩沢山から持ち帰ったハナビラタケをメインにして具と汁を作った。やや乾燥気味だったハナビラタケは湿るとたちまち新鮮なときの姿に復活した。



2024年9月8日()  ヤマビルに散々やられた:塩沢山
 昨日会津西街道の独鈷沢ふれあい公園に車を駐めて塩沢山に登った(a)。駐車場に着いたのはam7:45頃、気温は21℃だった(b)。
 国道脇の標識から登山道に入った(c, d)。ヤマビルの巣のような沢沿いの急斜面を抜けると一服ウチワ(e)、更に尾根の少し先に遊雪の君という標識がある(f)。このあたりハラタケ属のきのこ(g)やオニイグチモドキ(h)がよく出ていた。稜線の上の落葉松林ではやや乾燥気味のハナビラタケに出会った(i)。
 この先、ブナの巨木帯を過ぎ(j)、急斜面を上がると(k)、塩沢山の頂だった(l)。ここまでに足と首に10ヶ所以上ヤマビルにやられた。am10:20頃山頂を後にして下山にかかった。am11:40頃駐車場に戻ると気温は26℃まで上がっていた(m)。
 ちょうど昼時だったので車内で海苔巻などを食べた(n)。湯西川道の駅に併設の市営温泉で汗を流し(o)、塩原温泉の肉屋さかぶんでコロッケを買って車内で食べた(p, q)。pm2:10頃帰宅すると気温は31℃まで上がっていた(r)。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 この日の午後は何度かにわか雨に見舞われた。夕方ふと右足を見るとヒルにやられたところからの出血痕が乾燥してへばり付いていた。左足にも同じような跡があった。


2024年9月7日()  奥日光で避暑と散策をした:戦場ヶ原
 昨日奥日光を散策した(a)。朝からとても蒸し暑かったので奥日光に行くことにした。通勤混雑の終わる頃に自宅を出て、am9:40頃に三本松駐車場に車を駐めた(b)。気温は22℃で日陰は快適だった。三本松園地には快適なベンチがある(c)。ここで避暑をしながら読書と勉強ができるよう、Kindleと電子メモパッドを持ってきた(d)。
 しばし読書をしたあと小田代原に向かって散策を始めた。太郎山が立派だった(e)。好天のためハイカーの姿も多かった(f)。小田代原でもくつろいだ姿のハイカーが目立った(g, h)。遊歩道から泉門池に向かう途中では、ワレモコウ(i)やカリガネソウ(j)がよく咲いていた。クロサルノコシカケが出ていることに気づいた(k)。
 泉門池で昼食にした(l, m)。この日のメニューは豪華なものだった。普段の海苔巻きと握飯の他に、バナナ、リンゴ、ナシが加わった。湯滝に向かう途中でスギタケモドキに出会った(n)。湯滝は水量がとても多く、遠くまで飛沫が飛んできた(o)。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 湯滝からは例によって通行止め区間を南下した。泉門池からは戦場ヶ原のど真ん中を通る自然研究路から赤沼へ抜け、pm4:30ころ三本松園地に戻った(r)。このときの気温は22.5℃で気持ちよかったが(p)、小学生の大集団に何度か悩まされた(q)。
 下界は猛暑の一日だったらしい。市営温泉やしおの湯でのんびりしてから帰宅した。このとき自宅玄関柱の温度計はpm4:50頃31℃を示していた。


2024年9月6日(金)  登山道の一部が崩壊:釈迦ヶ岳
 昨日日塩道路の赤い鳥居前に車を駐め、釈迦ヶ岳を往復した(a)。この日は外出せずに早朝からプログラミング言語の勉強をしていた。朝食後も1時間ほどテキストを広げてPCを操作していた。ふと外を見ると青空が一面に広がっていた。
 こんな好天の日に屋内で過ごす手はない。そこで急遽昼飯用に米を炊いた。行先は高原山にした。赤い鳥居の登山口から鶏頂山や釈迦ヶ岳に登るコースは、大間々台からのコースと比べて格段に距離が短い。そこでお気楽コースと勝手に呼んでいる。
 駐車場に着いたのはam9:30頃、気温は20℃(b, c)。大沼はたっぷり水量をたたえていた(d)。このコースは弁天池(e)まではゆるやかな上りで、ここから山道らしくなる。そして先短時間で稜線に出られる。だから鶏頂山でも釈迦ヶ岳でも気楽に山頂に立てる。ところがこのところの大雨のため、稜線上で登山道の一部が完全に崩壊していた(f, g)。やむなく稜線の反対側の斜面のヤブをかき分けて通過した。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 釈迦ヶ岳の山頂は静かだった(h, i)。上空には青空が広がっているにもかかわらず、展望はまるで得られない(j)。山頂台地のベンチで昼食にした(k)。下山途中でスギタケモドキを採取した。駐車場に戻るpm2:40頃には気温は25℃まで上がっていた(l)。
 帰宅すると、きのこを水没させて虫を取り除き、具のたっぷりはいったきのこ汁にして、これを夕食の主菜にした。


2024年9月5日(木)  疲労を抱えてのハイキング:鳴虫山
 昨日一般ルートから鳴虫山を周回した(a)。朝8時少し前に上鉢石駐車場に車を駐めた。気温は21℃で風が快適だった(b)。上空は青空が広がっていたが、日光連山は雲の中だった。神橋交差点を通り憾満ヶ淵側から歩き出した(c)。
 連日の雨で遊歩道の一部が川のようになっていた(d)。独標への登りの急斜面では足元がとてもよく滑った(e)。独標(f)、合峰(g)を経てam11:00頃鳴虫山に着いた(h)。山頂からは女峰山方面は雲の中だった。神ノ主山の頂で昼食にした(i, j)。
 アカイボカサタケ、キイボカサタケ、シロオニタケは実によく出ていた。ナスコンイッポンシメジらしききのこも1つだけ出会った。御幸町側登山口近くの急斜面にタマゴタケ(k)がフェアリーリングを作っていた。残念ながら一枚の写真にリングの全体の姿は収められなかった。pm1:00頃に車に戻ると、上空には青空が広がっていた。久しぶりの光景だったが、日光連山は相変わらず雲の中だった。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 前夜9:00前に就寝し、am5:00に起床したにもかかわらず、この日の朝は猛烈な疲労感で動くのが辛かった。原因は持病の悪化だと感じた。しかし、だからといって動かなければこのまま動けなくなるのではあるまいか、といった強迫観念に襲われた。
 そこで鳴虫山を歩くことにした。途中であまりにもつらければそこから引き返すつもりで歩き始めた。ゆっくりゆっくり歩を進めた。結果としてなんとか歩き切れた。


2024年9月4日(水)  稀菌に4種も出会った:鶏岳
 昨日午前中に鶏岳を散策し、その後鬼怒川温泉裏山、日光だいや川公園に立ち寄った。鶏岳の鳥居前登山口(a)から登ろうとしたが、最初の渡渉点で水量が多く渡れなかった。そこで林道登山口を目指した。ところが、林道に入った途端に通行止め表示(b)。
 「通行は勝手だが責任はとれないぞ」との意思を感じる表示なので、かまわず林道に入り、登山口の脇に車を駐めた(c, d)。歩きだすとすぐに、ソライロタケが何本もでていた(e, f)。更に先に進むとコウボウフデの幼菌(g〜i)が出始めていた。
 やや急な斜面ではコンイロイッポンシメジが出ていた(j, k)。ロープの張られた急な岩場を過ぎると山頂台地に着く。ここではナスコンイッポンシメジが多数でていた(l〜n)。山頂(o)からは足元の集落の展望しか得られなかった(p)。
 稀なキノコに4種類(ソライロタケ、コウボウフデ、コンイロイッポンシメジ、ナスコンイッポンシメジ)も出会えたことに感動した。この日最も多かったのはシロオニタケ(q)、タマゴタケ(r)、コテングタケモドキ、ニガイグチモドキ、アカイボカサタケ、シロイボカサタケだった。他にオオミノクロアワタケ、アカヤマドリなど、種類、量ともに多くのきのこが見られた。
 雨後の鶏岳はヤマビルの巣のような場所になる。そのため長靴を履いて、腕や首、顔には虫よけスプレーを散布した。それにもかかわらず、数十匹のヤマビルが食らいついてきた。やられたのは腕と首と頭。6匹ほどには血を与えてしまった。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 天気予報では昼から雨、不安定な天気で雷注意報もでていた。このため、ウエストバッグに傘を忍ばせて歩いたが、結局昼前までは雨には降られずに済んだ。しかし夕方4:00頃からは激しい雨になった。トタン屋根に叩きつける雨音で音楽が聞こえなくなった。
 鬼怒川温泉裏山では例年ニンギョウタケとアオロウジが見られたが、この日はシロオニタケとアカイボカサタケくらいしか出ていなかった。日光だいや川公園ではきのこの発生はあまり芳しく無く、クロカワやチダケは全く見られなかった。


2024年9月3日(火)  きのこがとても多かった:男抱山
 昨日道の駅宇都宮ろまんちっく村近くの男抱山を散策した(a)。この山は標高こそ338mと低いが、山頂周辺は切り立った岩場で変化に富んでいる。さらに登山口から山頂までの標高差140mは、自宅近くの城山とほぼ同じだ。
 am9:30頃ろまんちっく村に車を駐めた(b)。登山口(c)からのんびり男抱山(d, e)に登った。荷物はスマホとコンデジのみ。山頂からは古賀志山も遠望できる(f)。女抱山の頂(g, h)からは男抱山(i)山頂の岩場がよくわかる。下山途中の大岩見晴台(j)からは筑波山が遠望できた(k)。am11:45頃車に戻ると、車内の時計は37℃を示していた(l)。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 いまだにネジバナ(m)が咲いていた。この時期どこにいってもヤブランをみる(n)。この日は夏のきのこが豊富にでていた。そのうちから3点ほど取り上げた。ベニイグチ(o, p)、オオミノクロアワタケ(q)、シロオニタケ(r)はとても多かった。
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 暗くなる頃から雨になり、夜には激しい雷雨となった。トタン屋根を叩きつける雨音がうるさい。雷鳴もとても賑やかだった。


2024年9月2日(月)  雨の奥日光もオツなものだ:高山
 昨日雨の中、奥日光の高山を散策した(a)。この日の天気予報は終日雨で、時折止んだり強くなったりするとのことだった。朝は雨のため自宅からは城山は見えなかった。
 雨の日は木々の緑がとりわけ美しい。そこで、奥日光を散策することにした。龍頭の滝上駐車場に着いたときは小降りだった(b)。百均で数年前に買ったビニール製雨合羽を着て、am9:10頃歩き始めた。連続する降雨で遊歩道の足元はグズグズでよく滑った(c)。しかし空気は爽やかで快適だった(d)。尾根に出ても展望はゼロ。ずっとガスに包まれて白黒の世界だ(e)。am10:30頃高山の山頂もガスの中だった(f)。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
 濡れた岩や木の根はとてもよく滑った。土の斜面は泥沼に近い状態だった。高山を降りたam11:30頃から土砂降りになった。しかし林の中では雨も少しばかり穏やかで気持ちよかった(g)。車に戻ると駐車場が軽く冠水していた(h)。
 日曜日にもかかわらず、山では誰にも出会わなかった。しかし10数種類のきのこに出会った。幾つか撮影した。スギタケモドキ(i)は遠目にも鮮やかだった。クチベニタケ(j)はいたるところにでていた。今年はあちこちでウツロイイグチに出会う(k)。カバノアナタケの菌核に出会ったのは久しぶりだ(l)。カメラがびしょびしょになった。
 
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 いろは坂を降りると市営温泉やしおの湯で汗を流した。ビニール合羽は内側が蒸れて着衣がびしょびしょになる。朝作った握飯は帰宅後に自宅で食べた。


2024年9月1日()  久しぶりのソライロタケ:龍王峡
 昨日は払暁から雨でam9:00頃になって止んだ。そこで龍王峡に行った。駐車場に車は少なかった(a)。連日の豪雨で渓谷の水量がとても多く、虹見の滝は落口の幅が倍以上に広がり、周辺に広範囲に飛沫を上げていた(b, c)。遊歩道も冠水していた(d)。
 久しぶりにソライロタケに出会った。ヤマビルだらけの暗い斜面で、落ち着いて撮影できず、ピントのあった画像が得られなかった(e, f)。ものすごく久しぶりの出会いだった。前回出会ったのは2003年のこと(雑記2003.8.18同2003.8.25)。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
 連日の強い雨のため、大半のきのこは崩れたり倒れていた。なんとか形をなしていた中では、ウツロイイグチ(g, h)、タマゴタケ(i, j)、シロオニタケ(k)、ヘビキノコモドキミイノモミウラモドキコテングタケモドキが目立った。鬼怒川温泉の公園ではハナビラタケの幼菌も見られた(l)。
 
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 この日の朝の天気予報では終日雨、しかも雷注意報がでていた。そのため早朝散歩も山歩きも中止した。ところがam8:30頃から霧雨になり、9:00には雨はあがった。
 龍王峡ではヤマビルがいたるところで待ち構えていた。ヒルファイターを塗った長靴を履いて歩いたので、足元は無事だったが、腕や手、首に7〜8ヶ所ヒルに吸い付かれた。しゃがんでカメラを構えるとたちまち、腕やら首にヒルが飛んできた。
 pm3:30頃から再び雨になった。


[節目]

2021年6月20日庚申山にて遭難:自力で生還 (たわごと 2022年6月15日)
2018年5月26日浅井淑子 交通事故に遭い死亡

 
2017年1月
 
きのこ雑記 を廃して、日々の雑記 として再出発
 「きのこ雑記」は「こけ雑記」と並ぶサブ・サイトとした
2017年1月こけ雑記 再開
2015年6月26日福島県いわき市から栃木県日光市 へ転居
2012年1月26日埼玉県川口市から 福島県いわき市へ転居
2006年7月こけ雑記 開始 (2011年8月 中断)
2001年4月今日の雑記 開始
2000年11月きのこ雑記 開始

[過去の雑記]

1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014 中下
2013
2012 上中
2011 中下 中下
2010
2009 中下 中下
2008
2007 上中
2006
2005
2004
2003
2002
2001