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2024年3月31日()  ザラメ雪の散歩道:小田代ヶ原
 奥日光の雪の状態を知りたいと思って、昨日赤沼駐車場から戦場ヶ原を貫く自然研究路を経て泉門池から湯滝に向かい、さらに小田代ヶ原を巡って散策した(a)。異常高温のため、遊歩道には雪の消えた場所もあれば、踝あたりまで潜る場所もあった。
 赤沼駐車場の雪はすっかり解けていた(b)。朝のうちは締まっていた雪も昼近くになると、完全なザラメ状態となり、場所によってはすっかり解けて水たまりになったりしていた。40年前のショートスパッツと超簡易アイゼンをつけて歩いた(c)。
 以下の写真は(d)〜(g)は自然研究路で撮影、(h)は泉門池、(i)〜(l)は通行止め区間で撮影。ここではよく潜った。(m, n)は湯滝、(o)〜(u)は小田代ヶ原、(r)の中央に聳えるのは女峰山。(v)はハイブリッドバスの道、(w)は赤沼に向かう遊歩道、赤沼近くではすっかりぬかるみになっていた。(x)は赤沼からの男体山だ。
 
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 快晴の土曜日ということで、自然研究路はよく賑わっていた。特に目立ったのは西欧系外国人と鳥屋さんだ。暖かかったので半袖姿の人も見られた。


2024年3月30日()  さようなら鬼怒川公園岩風呂:明日が最終営業日
 昨日は午前中いっぱい強い雨が降り続いた。昼過ぎになって雨は止み、澄んだ青空が空一面に広がった。昼食後に鬼怒川公園岩風呂に行った(a, b)。1ヵ月ほど前に閉館のお知らせが表示された(c)。自宅近郊の市営温泉の中で最も気に入っていた温泉だったので、閉館のお知らせには強い衝撃を受けた(雑記2024.2.17)。
 時折東京などから友人がやってくる。その時のために優待券を使わず温存してきた。閉館を知った時点で手持ちが20枚ほどあったので、ここを利用する時は優待券を利用してきた。昨日の時点で手持ち優待券は10枚(d)。ついにこれらを使い尽くすチャンスはなくなった。4月になればただの紙切れだ。なんとも悔しいが致し方ない。
 温泉から戻ったpm3:00には外気温は18℃にもなっていた。5月末の気温だ。しかし部屋に入ると室温は11℃だった。室内はまだ春とは言い難い。
 
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 久しぶりにきな粉主体のパンを作った(e)。きな粉150g、強力粉50g、食塩4g、砂糖4g、水160cc、ドライイースト2.0gに、干しブドウとクルミを混ぜ込んで、ホームベーカリで焼いた。焼き上がると、部屋中が香ばしいかおりで満たされた。上手く焼けてとても美味かった(f)。夕方、遠方の友人から冷凍食品が届いた。とても嬉しかった。


2024年3月29日(金)  鶏鳴山での補足&城山では春の兆し
 昨日は前日とは反対にどんより曇った冷え冷えする一日だった。前日登った鶏鳴山から撮影した1枚に城山がとらえられていた(a, b)。以前は鶏鳴山から眺めた時どの山が城山なのかよく分らなかった。バリカンで刈ったような姿で城山だとすぐに分かった。
 昨日朝は城山から鶏鳴山は明瞭に見えた(c)。城山の稜線では河津桜が満開だ(d)。ふもとに降りるとスミレ(e)やキクザキイチゲ(f)が咲き始めていた。オキナグサ(g)も蕾が大きくなってきた(g)。自宅近くの桜の仲間もようやく咲き始めた(h)。
 散歩の後日光だいや川公園に行ってみると、意外と多くの車があった(i)。水不足を反映して小川に水流はなかった(j)。池の向こうの日光連山には重苦しい雲がかかっていた(k)。堤近くの桜並木のソメイヨシノは、ようやく蕾ができ始めたばかりだった(l)。
 
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 麺類とサツマイモが食いたくて、夕食はたっぷり時間かけて味噌ラーメンを作った。その後炊飯器でサツマイモを蒸かして酒の肴にした。


2024年3月28日(木)  快適なハイキング日和だった:鶏鳴山
 昨日は終日よく晴れ上がって、気温も低からず高からずの快適な一日だった。自宅近郊に聳える鶏鳴山に登った(a)。登山者専用駐車場までは、自宅から車で10分程度で到着する(b)。林道を2Kmほど歩くと登山道入口表示(c)が現れる。
 のんびり遊歩道を歩き、稜線直下のロープを張られた急斜面(d)を登る。尾根筋には前夜の雪がまばらに残っていた(e)。遠くには筑波山も見えていた(f)。小祠群を過ぎ(g)、鶏鳴山の山頂へ(h)。木々の合間から日光連山が見えている(i)。
 尾根筋を南下していくと815m峰に至る。頂にある「下山道」表示(j)に従って尾根を下った。途中の展望の開けた場所で、切り株に腰かけて昼食をとった(k)。午後1時頃に車に戻った。直射日光に温められた車の温度計は14℃を示していた。この頃からやや強い風が吹き始めた。pm1:10頃には自宅に戻っていた。
 
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 昨日朝は体重が2Kg超だったが、今朝はそれをさらに上回って3Kg以上増えている。食事内容と量や運動量はふだんと変わりない。持病のなせる業なのだろうか。


2024年3月27日(水)  終日雨で室内暮らし:珍しく三食とも米の飯
 ふだん朝食といえばパン食なのだが、昨日は珍しく納豆・玉子かけご飯にした(a)。煮干しで出汁をとり味噌汁の具は大根の葉にした。山歩きの時の昼食は、いつも梅干し入りの握飯だが、自宅で昼食をとる場合も、おかずはたいてい梅干しのみとなる(b)。屋外での昼食との違いは汁ものがあるかないかだ。
 雨のため室内生活を強いられたので時間だけはたっぷりある。そこで前日の残りのイワシ3匹に塩をまぶして1時間ほどおいてから(c)、水洗いをして頭部と内臓を取り去った(雑記2024.3.26)。あらかじめ作っておいたたれ汁で煮魚を作り(d)、これを夕食の主菜にした(e)。 数日前に餃子の皮を買ってあったので、挽肉、ニンニク、シイタケ、キャベツ、ニンジン、生姜などをベースに餃子を作って冷蔵庫に収めた。
 夕食の時間が早めだったので、夜10:00頃に餃子を焼いてウイスキーの肴にした(f)。今月購入した分不相応な高級ウイスキー サントリー白州(180ml)がとても美味かった。酔いが回って、気が付くと湯たんぽ暖房の炬燵で眠りについていた。
 
(a)
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 この2日間屋外活動をしなかっただけで、食事内容はふだんと変わりないにも関わらず、体重が2Kg以上増えている。今日は山道を歩きたい。


2024年3月26日(火)  寝るまで鼻についた生臭いイワシ
 鳴虫山登山口の憾満ヶ淵側にはミツマタの群生地がある(a)。例年今頃ならばミツマタの花が咲き始めている(b, c)。中には黄色味を帯びた花も見られる(d)。
 先日鳴虫山から下山した折にも(雑記2024.3.23)、ミツマタの花を楽しみにしていた。しかし、今年はまだ固い蕾を着けた状態だった。そこで昨日再び群生地にいってみた。相変わらずまだ蕾は開いていなかった(e, f)。
 
(a)
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 久しぶりに生米パンを作った。前夜から浸水しておいた米二合にドライイースト2.6gをミキサーで液状化し、早朝コンベックスオーブンで焼いた。昨日の朝食の主食になった。昼食は前々日の残りのカレーと生米パン夕食で魚の前処理をしくじった。
 前日まで5匹で350円だった生イワシを100円で買った。見るからに鮮度がかなり落ちていたが、ラップを外すと猛烈な生臭さが鼻についた。一瞬躊躇したが腐ってはなさそうだ。十分に熱を通せば中毒の恐れはないだろう。とりあえず2匹をおかずにした。
 ふだんなら塩をまぶして30分ほど放置してから調理するのだが、この日はそれを省略して直接焼いてしまった。生臭味がやたらに強いので思い切り焼いた。骨はもちろん目玉以外は頭から尻尾まですべて食べた。お世辞にも美味いとは思えなかった。
 食後2時間たっても生臭さをぬぐい切れなかった。口の中が不愉快なので、緑茶やコーヒーをそれぞれ数杯飲んだ。それでも寝るまで嫌な生臭さは消えなかった。ここまで鮮度の落ちた魚を食べたのはずいぶん久しぶりだ。


2024年3月25日(月)  朝の散歩は宇都宮市の多気山
 昨日宇都宮市の多気山に登った(a)。am9:40頃森林公園の外れに位置する権現神社下のスペースに車を駐めた(b)。気温は意外と高く11℃もあった。多気山に登るメインルートは東側の多気不動尊の側から登る。ルートは2本あるが、いずれも山頂台地近くまで緩やかな階段コースになっている。参詣道路も幅が広い。
 一方多気山の西側の権現神社前からのコースは、いきなり急斜面に始まる。こちらから登る人は少ないため、道幅は人ひとり分の幅しかない(c)。山頂(d)から城跡台地に出たが、高曇りのため展望はほとんど望めなかった(e, f)。
 
(a)
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 台地から緩やかな階段コースを下っていったん市営駐車場にでた(g, h)。ここから多気不動尊の前まで進み(i, j)、城跡に登る緩やかな参道(k)から再び多気山の頂まで登りかえして、am11:30頃車に戻った。
 宇都宮道の駅ろまんちっく村の直売所で野菜類を購入して帰路に就いた。途中で猪倉山泉福寺に立ち寄った。カタクリの花が咲いているだろうと思ったのだが、まだ一つも咲いていなかった。ただ、大多数の株には今にも開花しそうな蕾がついていた(l)。
 
(g)
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2024年3月24日()  寒い一日、朝9:30頃から昼まで淡雪
 昨日も3月とは思えない寒い一日だった。am4:30には外気温−4.2℃/室温2.9℃だった(a)。指が激しいレイノー症状を呈していた。躊躇して散歩に出るのが遅くなった。am9:30頃になってようやく散歩に出た。玄関柱の寒暖計は3℃だった(b)。
 歩き始めて数分ほどすると突然雪が降ってきた。かなり湿った雪で衣類がたちまち濡れ始めた。散歩は中止して急いで自宅に戻った。この後も正午過ぎまで雪は降り続き、自宅周辺は白くなり始めた(c, d)。正午の玄関柱の寒暖計は1℃にまで下がっていた(e)。
 数日ぶりにファンヒータを使った。1時間ほどたいても室温は7℃までしか上がらなかった。昼にカレーライスを3食分ほど作った。そのうちの一食を昼食で使用した(f)。午後になると雪は止み、3:00頃には雪はたちまち解けて消えていった。
 
(a)
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(e)
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 自宅周辺では例年なら第一回目の土筆摘みができる時期だ。しかし今年はツクシンボウもフキノトウも採取できる大きさには育っていない。


2024年3月23日()  雪は大方消えていた:鳴虫山
 昨日御幸町側から鳴虫山に登り憾満ヶ淵側に降りた(a)。朝はよく冷え込んでいた。自宅を出たam7:10頃は玄関柱の温度計は−4℃だった(b)。am7:30頃憾満ヶ淵駐車場に車を駐め(c)、7:40頃御幸町側に歩き出した。
 よく晴れていたがよく冷え込んでもいた。神主山までは雪はほとんど消えていた(d, e)。その先の尾根道から凍り付いた雪が現れ(f)、鳴虫山が近づくと遊歩道は凍り付いた雪にすっかり覆われていた。簡易アイゼンが必須の斜面になっていた。鳴虫山の頂(g)や木製階段(h)では雪は消えていた。
 合峰周辺とその北斜面も凍り付いた雪に覆われていた(i, j)。独標までくると雪はほとんど消え、深い霜柱のためとても滑りやすくなっていた。憾満ヶ淵では化け地蔵の前を過ぎ(k)、駐車場近くの東屋で昼食をとった(l)。午前中の気温は−2℃から4℃だった。すっかり冷え切ったので、市営温泉やしおの湯で温まってから帰宅した。
 
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 寒いので夜は、鶏肉ベース鍋物にした。日本酒を三合ほど飲んでしまった。


2024年3月22日(金)  真冬のような青空、地震と烈風:朝の散歩
 昨日の朝は散歩で城山に登っている途中で大きな地震があったらしい(b)。裸地の旧斜面で突然猛烈な北西風に煽られた。大きくふらついて道を外し斜面を転がりそうになった。一瞬何が何だかわからなかった。このときちょうど強い地震に見舞われたらしい。帰宅後に知人から聞いて地震の発生を知った(b)。城山周辺では震度5弱だったという。
 3月半ばとは思えないほど澄んだ空が広がり、男体山(c)、女峰山群(d)、高原山(e)の山頂周辺では雲がかかっていたが、遠くを見ると富士山が見えた(f)。この時期に富士山を望めるのはとても珍しい。近くの鶏鳴山では雪はほぼ消えたように見えた(g)。
 この日は城山登山拠点の駐車場にはふだんより多くの車が見られた(h)。烈風にも関わらずオウレンを目的として遠方からやってきた人がかなりいた。下山途中の道脇にまるで鹿の角を連想させるような倒木の根が転がっていた(i)。
 
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 親しい知人らからフキノトウやキュウイなどをもらった(j)。フキノトウの一部は酢味噌和えにして昼食のおかずにした(k)。残りのフキノトウやシイタケは夕方天婦羅にして酒の肴にした(l)。久しぶりに天婦羅を作った。夕食は天丼にした。


2024年3月21日(木)  オウレンはまだまだ楽しめそう:城山
 昨日は休日のため伐採工事は休みなので、重機道経由で稜線に出て、久しぶりに下板橋側に降りた(a)。国道121号線の例幣使街道は板橋交差点の南から狭くなる。大型車同士のすれ違い等があると忽ち渋滞する。そこで今年から道路工事が始まった(b, c)。工事は今年3月25日までとなっているが、100mほど先で止まっている。
 上板橋登山口からは登らず林道に入った。道路脇には相変わらず目に余るほどの違法投棄が目立つ(d)。この先から重機道に入った(e, f)。稜線にはシュンランが多いが、開花している株は少なく(g)、大部分はまだ蕾のままだ。
 山頂から見る日光連山は雲の中だった(h)。久しぶりに下板橋側に降りた。杉林の中にオウレンの大群落が広がっている。ことしは例年より10日から2週間ほど開花が早かった(雑記2024.2.26)。もう大部分は開花を終えて結実し始めていると思っていた。
 群生地に入ると、まだまだ白色の花が一面に広がっていた(i)。そして開花最盛期の株が多数あった(j, k)。しかし半分ほどの株では、結実が始まっていた(l)。この先1週間ほどは花を楽しめそうに思えた。
 
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 親しくしている元農家からおはぎを頂いた。大相撲を観戦しながら味わった。とても美味かった。一人暮らしだとなかなか作るチャンスがないので、とても嬉しかった。


[節目]

2021年6月20日庚申山にて遭難:自力で生還 (たわごと 2022年6月15日)
2018年5月26日浅井淑子 交通事故に遭い死亡
2017年1月きのこ雑記 を廃して、日々の雑記 として再出発
 「きのこ雑記」は「こけ雑記」と並ぶサブ・サイトとした
2017年1月こけ雑記 再開
2015年6月26日福島県いわき市から栃木県日光市 へ転居
2012年1月26日埼玉県川口市から 福島県いわき市へ転居
2006年7月こけ雑記 開始 (2011年8月 中断)
2001年4月今日の雑記 開始
2000年11月きのこ雑記 開始

[過去の雑記]

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