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城山散歩コースと鶏岳 | |||||||||||||
昨日はam5:00に起床した。前夜零時過ぎまでウイスキーを呑みながらビデオを観ていたせいで、起床は普段より1〜1.5時間ほど遅くなった。 朝の散歩に出たのはam7:40頃。玄関柱の温度計は−3℃だった(a)。城山の稜線ではam8:15頃に1.5℃まで上がっていた。よく晴れて山頂からは女峰山群(c)や高原山がくっきりと見えていた。高原山の懐に小さく鶏岳が見えていた(d)。 散歩から戻るとそのまま鶏岳に向かった(e)。いつものようにam9:45頃林道に車を駐めた。気温は4℃まで上がっていた(f)。すっかり乾燥しきって、遊歩道には落葉が厚く積もっていた(g, h)。山頂(i)から見える女峰山群には雪雲がかかり始めていた(j)。 下山は落葉の滑り台に悩まされた(k)。鶏岳往復は計60分ほど。一方朝の城山散歩コースは計110分ほど。同一縮尺で両者のコース長を比較できるよう並べてみた(l)。距離にしておよそ3倍、起点から山頂までの高低差はおよそ2倍。 |
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今朝もよく冷えている。起床時の外気温−5℃/室温4℃。ふだんメインの暖房はファンヒータで、設定温度を18℃にしている。迂闊にも灯油を切らしてしまった。そこで今シーズン初めてエアコン暖房を使ってみた。設定温度を20℃にした。1時間経過したがとても寒い。ファンヒーターの暖房にはまるでかなわない。 | |||||||||||||
難処はキレットの通過:二股山 | |||||||||||||
昨日午前中二股山に登った(a, b)。先日かまど倉の大洞穴から正面に見えていた山だ(雑記2024.12.17)。am8:20過ぎに下沢口登山道の駐車場に着いた。気温は3℃で風もなく青空が広がっていた(c)。駐車場からは二股山がすぐ近くに見える(d)。 杉植林の沢をつづら折りに登り、尾根に出ると展望地(e)からは平野の向こうに筑波山を展望できる(f)。ロープの張られた岩場などを経てam9:30頃南峰に着いた(g)。ここからは前方に古賀志山が展開していた(h)。 二股山は南峰と北峰に別れ、両峰は急峻な岩場で繋がれキレットになっている。ここがこの山の最大の難関だ。南峰からの下りはキレットまでロープが張られているが(i, j)、キレット(k)から北峰への急斜面にはごく一部に短いロープがかかっているだけだ(l)。 |
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過去にはここで滑落事故が起こり、大騒ぎになったことがある。一般道は迂回路を進む。この岩場はけっこうシビアで緊張した。北峰の頂には祠と目立ちにくい標識(m)がある。山頂台地には県道からも白く目立つ電波塔の構造物もある。 下山路は周回コースを選んだ。全体に落葉と小砂利の急斜面が多く、とても滑りやすく緊張を強いられる。つつじ平(n)や下沢城跡(o)を経て駐車場に至る。途中からはかまど倉の大洞穴が望める(p)。am11:00頃車に戻った。気温は8℃まで上がっていた(q)。 |
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昼近くなると強い北西風が吹き始め、上空には雪雲が次々流れ込んできた。雪こそ舞うことはなかったが、どんどん気温は下がってきた。帰路の途中からは右上にかまど倉の大洞穴を見上げることができる(r)。ここでも過去に滑落死事故があった。 帰宅したのはam11:35頃。昼食後に市営温泉かたくりの湯に行って暖まった。 |
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現状ではWindows11にアップグレードはできないが | |||||||
ふだん一階の顕微鏡室に設置したデスクトップパソコンをメインに(a〜c)、一階和室のデスクトップをサブパソコンとして使用している(d〜f)。寒い時期はコタツを設置した和室での生活が主となる。そこでメインパソコンとサブパソコンが逆転する。
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顕微鏡室のPCは妻が使っていたもので、2016年7月製。一階和室のPCは2013年8月製。両者とも最近ちょくちょく発生する障害に悩まされている。いわばヨレヨレの後期高齢者のようなものだ。 Windows10のサポートは2025年10月に終了する。それ以降はWindows10パソコンは無防備となり、ウイルスなどの集中攻撃を受けたり、悪事の踏台にもされかねない。一方両PCともWindows11のシステム要求に足りずアップグレードはできない。チェック回避インストールをすればしばらくは使える。しかし物理的な劣化を考慮すると、遠からず中古のWindows11対応機を入手するのが現実的だろう。 |
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かまど倉から川化山へ | |||||||||||||||||||
昨日かまど倉に登り大洞穴に立ち寄り、尾根伝いに川化山(かわばけやま)に登って新道を直接下って車に戻った(a)。am8:20頃墓場前の駐車場に着くと工事中だった(b)。そこで林道脇に車を駐めた。気温は日向で−1℃だった(c)。 靴を履き替えホッカイロを手袋に入れて歩き出した。沢沿いの荒れた林道を進み(d)、送電鉄塔のある尾根に出た(e)。遠く筑波山がはっきり捉えられた(f)。すぐ近くには先日登った羽賀場山が見えていた(g)。 何度か急斜面を登り(h)、かまど倉の頂きへ(i)。木々の間から日光連山が見えていた(j)。山頂からはロープの張られた急斜面を下り(k)、落石帯を通過し、大洞穴に着いた(l, m)。大洞穴からは正面に二股山を望める(n)。 再びかまど倉の頂に戻り、尾根伝いに川化山に向かった。途中シビアな岩場もある(o)。川化山の頂で昼食をとった(q)。ここからは足元の悪い新道を下って、pm1:25頃車に戻った。日向の気温は10℃になっていた(r)。 |
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かまど倉も川化山も、地元でも知名度が低く登る人が少ない。そのため登山道は獣道のような場所や、荒れてどこが道なのかわからない場所も多い。初心者が一人で歩くのはかなり危険だ。この日は途中で何度か道を失い、危険な急斜面をトラバースしたり、岩場を登り降りする羽目になった。なお風邪はほとんど回復した。 | |||||||||||||||||||
右半身の故障が両手の爪に顕著に現れている | ||||||
ここ数年持病の強皮症が悪化しているが、特に右半身の手足につらい症状がいくつも生じている。右脚は慢性的に力が入りにくくなり、山での歩行時にしばしば膝に強い痛みが出る。右手も力が入りにくく、特に親指の関節は触れるだけで痛い。 最近特に困難を感じるのは梯子や鎖場、ロープを張られた急斜面だ。鹿沼市の岩山や石裂山では垂壁に近い岩場に長い鎖や長い梯子がある。寒い時期には激しいレイノー症状が現れるので、一般コースを歩くだけでも非常に辛く危険な状態になる。 症状は日増しに悪化するので、ここ数年は右手右脚を主体に右半身のトレーニングを強化してきた。加齢による筋力低下もあろうが、右手ばかりではなく、左手も力が入りにくくなり、それもあり細かな作業が困難になっている。かつて気楽にできたプレパラート作成はもはや初心者レベル以下にまで落ちてしまった。 |
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あらためて左右の手指を比較してみた(a〜d)。困った症状は爪の変形変質に露骨に現れている。画像(e)はルーペで見た右手親指の爪だ。当初水虫だろうと思っていたが、検査の結果違っていた(雑記2023.12.6)。爪は簡単にボロボロ崩れる。関節や骨にも障害がでている。右手でしっかり物を掴めないため、タオルを絞ったりコーヒー豆を挽くにも難儀するようになった。箸は最近ではほとんど左手で使うようになった。 | ||||||
恐怖の落葉堆積の急斜面 | |||||||||||||
昨日鹿沼市の羽賀場山に登った(a)。am9:10頃長安寺の駐車場に車を駐めた(b, c)。登山道を進み(d)、第一鉄塔が見えだすと羽賀場山が見えてきた(e, f)。さらに進み、第二鉄塔まで来ると、鉄塔から伸びた電線が鳴蟲山に繋がっていた(g)。 ここまではのんびりしたハイキングコースだが、三頭峰をなす羽賀場山直下までくるとまるで様相が変わる。にわかに岩場の急斜面となる。ここで珍しく犬を連れたハイカーにであった(h)。ロープを張られた斜面もあり(h, i)、その先第二峰の登りは落葉が厚く堆積した急斜面で緊張を強いられた。ここを過ぎam11:10頃山頂に着いた(k)。 山頂は樹林に囲まれ展望は得られない。バナナとミカンを齧ってから同じ道を下った。第二峰の厚く積もった落葉の急斜面の下りは恐怖だった。ここを過ぎるとあとは気楽に下山路をたどり昼の12:25頃車に戻った(l)。 |
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遺族年金は本当に満額復活するのだろうか? | |
カミコン(亡妻)の遺族年金支給が停止されてから3年近くになる(雑記2022.2.11、同2021.11.10)。今年の12月の年金支給日からようやく遺族年金が満額復活するものと思い込んでいたが、どうやらそうではなさそうだ。昨日12月13日は年金支給日だった。遺族年金の支給額は本来の金額の六割り程度だった。月々の年金収入はトータルで12万円弱となる。今後の食生活は昨日までよりずっと豊かにできるだろう。 ということは12月には支給停止全面解除にはならないということか。はっきりした記憶はないが、支給停止通知があってから、実際に停止が始まったのは2022年2月頃からだった。ということは来年2月の支給分から満額停止解除になるのだろうか。 あるいは満額停止解除にはならず、なしくずしにこのまま六割支給になってしまうのだろうか。制定当時の法律の定めによれば支給廃止もありうる。どうやらそのおそれも否定できない。そうなることを覚悟しておく必要がありそうだ。
昨日はとても寒い一日だった。午前中はずっとマイナス5〜0℃、午後になって2〜5℃の間を上下していた。日差しがなく寒々とした空だった。 |
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思わぬ出来事の連続:鳴蟲山 | |||||||||||||
昨日鹿沼市の鳴蟲山に登った(a)。風邪の症状は少し収まり、頭痛が軽くなり悪寒が消えた。鼻水は相変わらずひどく、鼻が腫れて痛かった。近郊の低山を歩くことにして、am8:30過ぎに自宅を出た。どこの山を歩くか決めていなかった。走行中たまたま鳴蟲山を思いついたので、この山に決めた。登山口にはam9:00少し前に着いた(b, c)。 深い亀裂のある短い平地を過ぎると(d)、狭い片斜面の道になる。落葉がたっぷり積もっていた(e)。落葉の下は霜柱で、急斜面ではよく滑って怖かった。最初の送電鉄塔(f)を過ぎると、鳴蟲山の頂きが巨大鉄塔の向こうに見えた(g)。展望を楽しみながら(h)、巨大鉄塔を過ぎ(i, j)、すぐに山頂に着いた(k)。山頂は展望がきかない。 |
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下山路を途中から廃道になって久しい林道にとった。猪の罠があった(l)。その少し先では括り罠に鹿がかかっていた(m)。さらに歩くと大きな猪が突然突進してきた。一瞬たじろいだが急に停止した。よく見ればこの猪も括り罠にかかっていた(n)。 この先数ヶ所で土石流などで林道が崩落していた(o, p)。どうやってここを越えようか思案した。念の為に20mザイルは持っていたが、なんとか使わずに通過できた。車に近づくと白い亡霊が多数山を覆っているように見えた(q)。杉の稚樹を守るための覆いだった。車の戻ったのは正午頃だった。気温は6℃まで上がっていた(r)。 |
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このところ早朝4〜6時頃は外気−5〜−3℃/室内3〜5℃。ファンヒーターを1時間ほど炊いても室温は12〜15℃程度にしかならない。とにかく寒い。 | |||||||||||||
風邪でも雪の遊歩道を楽しめた | |||||||||||||
昨日午前中に積雪の始まったばかりの戦場ヶ原を歩いた(a)。数日前からひどい風邪に捕まって相変わらず頭痛、悪寒、鼻水が続いている。幸い関節痛や食欲不振はない。前日の散歩で平地であれば問題なく歩けることがわかった。 朝食後、顔面がもやもやし、頭痛がありやたらに寒けを感じた。でも新雪の奥日光を味わいたい気持ちが勝り、am8:30過ぎに自宅をでた。am9:30頃三本松園地に車を駐めた(b)。長靴に履き替え、マフラー、ホッカイロ、手袋をして赤沼に向かった。 自然研究路を北上した(c, d)。途中樹木の高いところにバケツがぶら下がっているように見えた(e)。特異な形をした硬質菌だった(f)。男体山(g)、太郎山(h)を眺めながら歩いた。遊歩道は改修工事が行われていた(i)。途中にまるで人の手で作られたかのような楽しい雪の造形が見られた(j)。泉門池には誰もいなかった(k, l)。 |
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自然研究路は積雪3〜5cmで日向の木道では雪の消えた箇所もあった。しかし泉門池から湯滝に向かう道は、それまでと比較して積雪が増え5〜8cmほどあった(m)。湯滝の観瀑台は修繕工事中だった(n, o)。小滝は水量がとても少なかった(p)。 小滝から先は通行止め区間を歩いた。かなり荒れていた。小動物の足跡しかなかった(q, r)。途中から本来の遊歩道に戻り(s)、再び戦場ヶ原にでた(t)。その先で久しぶりにカバノアナタケの菌核に出会った(u, v)。国道の歩道部分には雪が着いていた(w)。車に戻ると広い駐車場に相変わらず車は少なかった(x)。 |
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この日は全般的に曇り空で、時折青空が覗いたり、小雪が舞ったりする肌寒い空模様だった。頭痛と悪寒、四六時中鼻水垂れ流しで体調は芳しくなかったが、キュッキュッと音をたてる新雪を踏みしめての散策はとても楽しかった。 市営温泉やしおの湯でたっぷり暖まってから帰宅した。帰宅後はコタツに潜り込んで音楽を聞いて過ごした。珍しくピザを作った。前日作った生地に野菜やきのこ、ベーコンなどを載せ、最後にチーズを振りかけて焼いた。夕食はこのピザにした。 |
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昼間の日向は暖かくなった | |||||||
風邪の症状が芳しくないので、早朝散歩はやめて気温の上るam10:00頃になってようやく散歩に出た。このとき直射日光の当たる玄関柱の寒暖計は10℃を示していた(a)。マフラー、耳当て、ホッカイロを入れた手袋を装備して歩き出した。 膿を交えた鼻水がひどいため、鼻が赤く腫れてしまった。そこで鼻かみ用に落葉を使うのはやめて、ポケットティッシュを6つとゴミ入れ用ポリ袋を持った。よく晴れ上がり、風もなく日向は暖かかった。城山の頂では気温は10℃を越えていた。日光連山や高原山には雪雲がかかっていた(b〜e)。 自宅に戻ったのは正午少し前だった。良く日の当たる玄関柱の寒暖計は20℃を越えていた(f)。ポケットティッシュは5つを消費して、一つだけ残った。頭痛と悪寒が消えないので、午後はコタツに潜り込んで音楽を聞いて過ごした。 |
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夕方になっても悪寒がひどいので、市営温泉かたくりの湯に行って暖まった。湯船につかっている間は鼻水はでなかった。帰路、夜道の運転が怖かった。 | |||||||
〇 | 2021年6月20日 | 庚申山にて遭難:自力で生還 (たわごと 2022年6月15日) |
〇 | 2018年5月26日 | 浅井淑子 交通事故に遭い死亡 |
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2017年1月 | きのこ雑記 を廃して、日々の雑記 として再出発 「きのこ雑記」は「こけ雑記」と並ぶサブ・サイトとした |
〇 | 2017年1月 | こけ雑記 再開 |
〇 | 2015年6月26日 | 福島県いわき市から栃木県日光市 へ転居 |
〇 | 2012年1月26日 | 埼玉県川口市から 福島県いわき市へ転居 |
〇 | 2006年7月 | こけ雑記 開始 (2011年8月 中断) |
〇 | 2001年4月 | 今日の雑記 開始 |
〇 | 2000年11月 | きのこ雑記 開始 |
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