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2025年5月14日(水)  城山常連と初めての山歩き
 昨日城山常連の女性二人と三人で、高原山八方ヶ原の大入道から剣ヶ峰を歩いた(a)。日光に転居して以降、地元の山好きと一緒に歩いたのは初めてだった。二人ともとても気持ちのよい女性で、快適で楽しい山歩を味わった。
 am7:50頃大間々台の駐車場に車を駐めた。気温は12℃で上空は一面の青空(b)。ここから小間々台に向けて遊歩道を下り(c)、小間々の大入道表示から(d)、大入道に向かって登った(e)。残念ながらシロヤシオはまだ全く咲いていなかった。
 いたるところにカタクリの葉が見られたが、咲いているものは少なく、やや乾燥気味のものが随所に見られた(f)。剣ヶ峰(g)から矢板市最高地点を経て八海山神社に着いた(h)。ここで昼食休憩をとった。神社から大間々台への遊歩道にはショウジョウバカマがとても多いが、最盛期は過ぎてやや乾燥気味のものが目立った(i)。
 大間々台に戻ると車の数がかなり増えていた(j)。山の駅たかはら(k)でソフトクリームを頬張ってから、観光地として知られるおしらじの滝に立ち寄った。滝は水流が全くなかったが、美しい色の滝壺は健在だった(l)。
 
(a)
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(c)
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(j)
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 久しぶりに一人歩きではなく、城山の常連といっしょに歩いた一日だった。二人ともとても気持ちの良い女性で、楽しい一日を過ごすことができた。市営温泉かたくりの湯で疲れを癒やしてから解散した。


2025年5月13日(火)  女性の単独行者がずいぶん増えた
 自分では40年前にも山を歩くときはほとんど単独だった。当時は4〜5時間の比較的行程の短い日帰りコースなどでは、たまに女性の単独行者に出会うことはあった。しかし長時間のコースでは単独女性にあうことは全くなかった。40年間ほどの空白期を経て、妻を失った2018年から山歩きを再開したが、新たに気付いたことがあった。
 それは女性の単独行者がとても多くなったことだ。20〜30歳の若い女性から、60〜70歳の高齢女性に頻繁に出会うようになった。ときには10時間に及ぶ長いコースでも単独の女性に出会うことも珍しくない。
 城山常連の女性のうち何人かは単独でもよく山を歩いているようだ。彼女らには過去4〜5回ほど近郊の山で出会っている。一昨年は石裂山で60代半ばの女性に、昨年は鬼怒川遊歩道で50代の女性に、また女峰山でも城山常連の別の女性に出会っている。
 でもアイゼンやワカンの必要な雪山では単独の女性に出会うことは少ない。もっともこういった時期には昔も今も単独で歩く男性も少ない。しかし昨年は深雪の霧降高原丸山で台湾からやってきたという20代の若い女性に出会った。また積雪期の赤薙山では20代の女性と、60代の女性に出会った。


2025年5月12日(月) [1]  社山から半月山、茶ノ木平へ
 昨日二荒山神社に車を駐めて、湖岸の遊歩道を進み、阿世潟峠から社山を往復し、阿世潟峠から半月山を経て、茶ノ木平に登り、車に戻った(a)。
 この [1] では社山関連の内容を記す。駐車場に着いたのはam6:50頃、気温は11℃だった(b)。対岸を眺めながら国道を進み(c)、歌ヶ浜駐車場を経て(d)、男体山を眺めつつ阿世潟に向かった(e)。阿世潟から阿世潟峠に登った(f, g)。
 随所でアカヤシオを楽しみ(h)、カラマツの芽吹きを感じつつ(i)、尾根を登り社山の頂に着いた(j)。晴れたり曇ったりの天気で、風が猛烈に強かった。山頂台地から見える皇海山には雲がかかっていた(k)。スカイラインの終点が遠くに見えていた(l)。
 
(a)
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(c)
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(g)
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(i)
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 社山を降りて阿世潟峠まできたところで、この先どうしようか考えた。風があまりにも強いので、ここから引き返すか、あるいは半月山に登るか。上を見上げると随所にアカヤシオらしき色が見えるので、半月山に登ることにした。


2025年5月12日(月) [2]  半月山には多くの観光客が
 阿世潟峠から半月山に向かう道筋にはアカヤシオが豊富に見られた(a, b)。途中小ピークの中禅寺山を経て(c)、どんどん上がって半月峠に着いた(d, e)。半月峠からは急斜面が続く(f)。半月山の頂に近づくとアカヤシオが増えた(g)。
 右下を見下ろすとスカイラインの終点には多くの車があった(h)。新聞報道の影響は大きい。展望台には観光客が次々の現れた(i)。展望台から山頂に至る道筋にもアカヤシオが多かった(j)。山頂(k)に続く稜線からは遠く筑波山まで見えた(l)。
 
(a)
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(c)
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(i)
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(j)
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(l)
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 ずっと風が強かったので、ここからどうしようか考えた。半月峠に戻って湖岸の遊歩道から戻るか、あるいは茶ノ木平に向かうか。アカヤシオをもっと楽しみたいと思い、茶ノ木平に向かうことにした。道のりはとても長い。


2025年5月12日(月) [3]  茶ノ木平への長い道筋
 半月山周辺では多くの観光客の姿が見られたが、茶ノ木平へ向かう道筋にはわずかのハイカー以外の姿はなく、静かな山歩きができた。
 スカイラインの中禅寺湖展望台(a)で昼食をとった(b)。狸山(むじなやま)の周辺では道のすぐ脇に多数のアカヤシオが咲いていた(c〜f)。途中スカイラインを横切って茶ノ木平に向かった(g)。途中からはアカヤシオごしに中禅寺湖を見下ろせた(h)。
 茶ノ木平には誰もおらず、花もほとんど見られなかった(i)。茶ノ木平から下山する途中では欧米系の観光客やハイカーに4〜5組とすれ違った。こんにちはとサンキューの挨拶が何度か繰り返された。pm2:30頃に車に戻った(j)。
 
(a)
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(c)
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 この日は途中でコゴミをたっぷり採取した(k, l)。いろは坂は順調に降りることができ、市営温泉やしおの湯で疲れを癒やした。[参考:Yamp Video 39秒]


2025年5月11日()  山にコーヒーを持って行くようになった
 これまで数十年間、山歩きをするときには水分は一切取らなかった。8〜10時間ほど歩く長時間の山行では、果物を少々持つことはあっても、ペットボトルや水タンクは持たなかった(雑記2024.8.17同2024.8.19 「山歩きと水分のこと (1), (2)」)。
 ふだん朝食後には必ずコーヒーを飲む(a)。豆から挽き(b)エスプレッソにする(c)。今年の3月霧降高原の丸山に登ったとき、朝淹れたコーヒーは時間の都合で、車載用の250cc小型ポットに詰めた(d)。往きに車内で飲むつもりだった。しかし車内では飲まず、車に置きっぱなしにしたまま山に向かった(e)。
 この日下山後に車内で飲んだコーヒーがとても美味かった(f)(同2025.3.14)。その後にも時折コーヒーを容れたポットを持って行くようになった。やがて山頂で飲んだらもっと美味いかもしれないと思い、リュックにポットを収めるようになった。
 
(a)
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(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
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 最近はコーヒー容りのポットが山歩きの必需品になった。水分を取るというよりも、コーヒーを飲みたいという欲求からだ。結果的には水分補給にもなっているようだ。


[節目]

2021年6月20日庚申山にて遭難:自力で生還 (たわごと 2022年6月15日)
2018年5月26日浅井淑子 交通事故に遭い死亡

 
2017年1月
 
きのこ雑記 を廃して、日々の雑記 として再出発
 「きのこ雑記」は「こけ雑記」と並ぶサブ・サイトとした
2017年1月こけ雑記 再開
2015年6月26日福島県いわき市から栃木県日光市 へ転居
2012年1月26日埼玉県川口市から 福島県いわき市へ転居
2006年7月こけ雑記 開始 (2011年8月 中断)
2001年4月今日の雑記 開始
2000年11月きのこ雑記 開始

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