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2025年12月10日(水)  雪は殆ど消えていた:鳴虫山
 憾満ヶ淵から鳴虫山に登った(a)。am8:10頃駐車場に車を駐めた(b)。気温は零度。日光市内ではまだあちこちに先日の雪が残っている。駐車場から慈雲寺に向かう道にはまだ雪が残りすっかり凍り付いていた(c)。化け地蔵前には雪はなかった(d)。
 鳴虫山に向かう遊歩道ではほとんど雪は消えていた(e, f)。独標からは日光連山は中腹まで雲に覆われていた(g, h)。合峰(i)から尾根道を進み(j)、鳴虫山に着いた(k, l)。
 
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 鳴虫山の頂には誰もいなかった。女峰山は雲の中(m)、霧降高原大山では雪が斑に残っていた(n)。神主山で昼食にした(o, p)。御幸町側の登山口に降りて、舗装路を進み(q)、pm1:00頃車に戻った(r)。
 
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 この日の山道では気温が終始4〜6℃で手袋の中にはカイロが欠かせなかった。すっかり冷え切っていたので、市営温泉やしおの湯で浴槽に入ったときはほっとした。


2025年12月9日(火)  大失策:購入した白菜を置き忘れた
 昨日朝は月に一度の皮膚科の診察日。通勤混雑に交じって医院に出かけた。皮膚科医院は日光駅近くにあり、前日歩いた時にもその前を通り過ぎた。血液検査を終えて医院を出たときは既にam10:00を過ぎていた。
 この時刻に出向いて明るいうちに帰宅できる山はほとんどない。そこで日光だいや川公園を散策した(a〜f)。時折強い北風が吹いたが、穏やかで空はよく晴れ上がっていた。まだあちこちに雪が残っていた。
 
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 園内の直売所で野菜類を5、6種ほど買った。そのうちの一つに白菜があった。買い物かごから自分の買物袋に移した。白菜は大きく嵩張るので最初から取っ手のついたポリ袋に入った状態で売られていた。何も考えることなく荷物を持って車に積んだ。
 帰宅後に白菜を冷蔵庫に入れようとして戸惑った。どこにも見当たらない。思い返しても車に積んだ記憶はなかった。店の買い物かごの横に置き忘れたようだ。
 再び日光だいや川公園の直売所まで行った。既にどこにもなかった。レジの担当者に聞くと、しばらく放置されていたがやがてなくなっていたという。改めて新たに白菜を買う気にはなれず、すごすごとそのまま引き返した。


2025年12月8日(月)  今月も日光駅まで歩いた
 日光駅まで歩いた(a)。歩数25,000歩、距離17Kmほどだった。am4:30頃に起床、この時の気温は屋外−3.4℃/室内2.9℃だった(b)。早朝散歩はやめて、気温が上がるのを待った。am8:50に自宅を出た。玄関の温度計は3℃を示していた(c)。
 20年間ほど履いていなかった都会用だがゴム底の革靴を履いた。数日前に段ボールを開けたら出てきた靴でカビが生えていた。掃除して靴クリームを塗って使えるようにした。革がやや硬化し、靴底のゴムがかなり劣化している様子だった。
 自宅前からは女峰山群が鮮やかだった(d)。舗装路や自転車専用路、大谷川の堰堤、日光だいや川公園を歩き(e〜i)、日光駅にたどり着いた(j〜l)。15Kmほど歩いたあたりから、左足の小指側が猛烈に痛くなって歩行が辛くなった。どうやらこの部分の革が特に劣化しているようだった。神橋まで歩くつもりだったが、旧日光市役所あたりでJR日光駅に戻った。途中のコンビニで海苔巻きと握飯を買って、帰路のJR車内で昼食とした。
 
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 帰宅して炬燵に入ってうとうとしていると、旧来の友人の訃報が入った。ずっと入院中だったとのことで家族のショックは比較的軽いようだ。このところ世代の近い古くからの知人・友人の訃報が増えた。そんな歳になったんだ。


2025年12月7日()  快晴無風の雪道散策:戦場ヶ原
 三本松に車を駐めて戦場ヶ原を歩いた(a)。朝の戦場ヶ原を通る国道には圧雪が残っていた(b)。三本松の駐車場はすっかり除雪されていた。am8:45頃には−9℃だった(c)。赤沼から自然研究路を歩いて泉門池に向かった(d〜f)。
 戦場ヶ原からは青空と周辺の山々が見事に対比していた(g, h)。泉門池には誰もいなかった(i, j)。ここから湯滝に向かう道は急に足跡が少なくなった(k)。湯滝には観光客の姿はすくなかった(l〜n)。この先小滝側から南下し(o)、途中から道を外れて新雪の中を進んだ(p, q)。遊歩道に戻ってから(r)、正午頃に再び戦場ヶ原に出た。
 
(a)
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 戦場ヶ原では青空が広がっていた(s, t)。豊かな自然を堪能しながら歩き、やがて国道に出た(u)。この先は国道脇を歩いた。途中で幾つも猿の群に出会った。樹上にもかなりいた(v)。車に戻ったのはpm1:00頃(w)。寒かったので運転席で昼食をとった(x)。
 
(s)
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 下りのいろは坂では大型観光バスに追いついてしまい、15〜20Km/時ほどのノロノロ運転を強いられた。市営温泉やしおの湯で温まってから帰宅した。


2025年12月6日()  寒い一日だった:古賀志山
 宇都宮森林公園の古賀志山に登った(a)。気温が低くam5:00の室内は3.4℃しかなかった。1時間ほどファンヒーターをつけたところようやく10℃になった。それでも手足の指が激しいレイノー症状で上手く動かせないので恒例の早朝散歩は中止した。
 am8:00過ぎになってようやく指が動く様になったので古賀志山に行くことにした。大駐車場に着いたのはam9:00頃(b)。一面に青空が広がっていた(c)。南コースをたどり南陵の岩場を上がった(d)。右手親指が全く使えないので、岩場や鎖場で多少難儀した。山頂にはam10:30頃に着いた(e)。一組2人のハイカーしかいなかった。
 展望を楽しんで北コースから下山した。赤川ダムに近づくと綺麗な紅葉に出会い(f)、ダムの先に多気山を望めた(g)。am11:35頃車に戻った(h)。気温が低かったので運転席で昼食をとった(i)。帰路ろまんちっく村(j)で果物を買って帰途に就いた。
 
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 夕方になっても青空は広がったままだったが、気温はずっと低かった。pm4:30の時点で室温は13℃しかなかった。焼酎漬けの渋柿がすっかり甘くなっていた。軽く酔いながら体の内部から温まった。


2025年12月5日(金)  初雪にして大雪になった
 夜中から降り始めた雪は朝方には小降りとなり、庭にはやや重い雪がうっすらと積もった(a)。自宅を出たのはam7:00頃、気温は0.5℃だった(b)。日光街道を走り(c, d)、いろは坂に入ると、1度目の除雪作業は既に終わり、圧雪状態だった(e)。
 明智平ロープウエイ乗場にも、県営駐車場にも車の姿はなかった(f)。駐車場に入るとタイヤの半分ほどが雪に埋まった。戦場ヶ原では路面は圧雪状態だった(g)。am8:00頃三本松園地の駐車場に車を停めた(h)。ここはまだ全く除雪されてなかった。長靴に履き替えてリュックを背負った。吹雪だったが、戦場ヶ原に向かうつもりだった。
 ところが国道から入ってきた車が次々に深い雪にはまって動けなくなり始めた(i, j)。脱出の手助けを始めると、他にも数台の車から降りてきた人も一緒になって、スタックした車を押したり、タイヤ下の雪をどけたりして脱出させた。一台を脱出させるとまた別の一台がスタック。その都度4〜5人で脱出の手助けをした。気温は−8℃で吹雪いていて寒かったが、力仕事ですっかり汗をかいた。
 
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 慌ただしい時が過ぎ、ホッとして運転席に腰掛けてエンジンをかけた。気づけば既に10:00を回っていた。この日の戦場ヶ原散策は中止して、湯元に向かった。大駐車場はちょうど除雪が終わり気楽に停められた(k, l)。温泉寺の駐車場ではタイヤがすっぽり雪に埋まった(h)。寺の温泉は今週末で営業を終える。硫黄泉でたっぷり温まった。
 いろは坂を降りて日光だいや川公園に入ると、大駐車場の雪は殆ど消え(n)、日陰や吹き溜まりにだけたっぷり残っていた(o)。
 
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 帰宅したのは午後1:00過ぎ。気温は4℃だった(p)。朝コンビニで買った握飯などに味噌汁を加えて昼食をとり(q)、デザートに昆布茶と柿を食べた(r)。
 この日の積雪は朝の自宅周辺で2〜3cm、いろは坂15〜25cm、中禅寺湖畔25〜30cm、戦場ヶ原30〜40cm、湯元温泉40〜50cmといったところだ。奥日光は午後になっても雪は止まなかったが、いろは坂を降りる頃には青空が広がり始めた。


2025年12月4日(木)  久しぶりに食べ過ぎた
 安売り八百屋でサツマイモが安かったので4Kgほど購入した。昨日朝の散歩のあと、このうち2Kgを大学芋に仕立てた。今回は「大学芋の素」という商品を使った。ふつうに昼食をとったあと、コーヒーを入れデザートに大学芋を添えた。
 天候が不安定だったので山歩きはやめて、室内で雑誌に目を通していた。そのうちになんとなく口淋しくなって、再びテーブル上の大学芋を口にした。雑誌を読み終わったあと、珍しくNHKのBS番組で映画「逃亡者」を観た。TV映画を観終わったとき、ふと見るとテーブル上の大学芋はすっかり消えていた。
 夕方になってやたらにゲップが出て、胸やけが起こり始めた。あやまって大学芋や散歩途中に撮影した画像をすべて抹消してしまった。こういった経験は久しぶりのこと。結果的にぐうたら生活の一日になってしまった。
 夜中から早朝にかけて雪が降り、庭や路面がうっすらと白くなった。初雪だ。


2025年12月3日(水)  今回が最後になるかも:石裂山
 鹿沼市の石裂山に登った(a)。am7:50頃加蘇山神社下の駐車場に車を駐めた。他に車はなかった(b)。「石裂山回遊登山コース」という標識がある(c)。これをみると気楽なハイキングコースのか普通の参拝コースように感じてしまう。
 尾根に続く谷筋はかなり高湿度らしく、一帯はキヨスミイトゴケが広範囲に大量に自生している(d)。駐車場にも休憩所前にも警告板が出ている(e)。気楽なのは中の宮まで。その先は急な岩場続きで、鎖場やロープ場、長大な梯子などが次々現れる(f〜l)。
 石裂山の頂からは近場の山並みしか見えなかった(m, n)。尾根を歩き(o)、月山の頂に着いた(p〜r)。月山からの下りも気を抜けない。鎖場、急斜面、狭い道のトラバース、梯子などがいくつもある(s〜v)。
 加蘇山神社(w)に参詣して階段を降り、am11:45頃車に戻った(x)。他に1台増えていた。握り飯を準備して持っていたが、自宅まで23Kmほどしかないので、帰宅後に味噌汁を加えて昼食にした。今回はカモシカには会えなかった(雑記2025.6.8)。
 
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 持病の悪化で右手右足がやや不自由なこと、さらに右手親指が損傷のため使いものにならないので、鎖場、ロープ場、階段、岩場では非常に緊張を強いられた。昨年春にも一度覚悟したが(同2024.4.15)、来年は本当にこの山には登れないかもしれない。


2025年12月2日(火)  暖かく快適な散策:千手ヶ原
 龍頭の滝駐車場から湖岸通り経由で千手ヶ浜に出て、小田代ヶ原から車に戻った(a)。am9:15頃駐車場に着いた。気温は3℃でやや寒かった(b)。湖岸の遊歩道には落葉が厚く積もり靴がすっぽり落葉に包まれてしまった(c, d)。
 真っ青な空の下、湖面に写る陽光が綺麗だった(e)。樹がすっかり葉を落とし、対岸には社山がよく見えた(f)。千手ヶ浜には一組のハイカーの姿があったのみだった(g)。千手ヶ原をすすみ(h)、西ノ湖で昼食をとった(i, j)。西ノ湖はとても小さく個人の家の庭の池のようだった。食後小田代ヶ原に向かった。上を見上げると空の青と樺の白が見事なコントラストを見せてくれた(k)。この先いたるところで猿の群れに出会った(l)。
 小田代ヶ原には誰もいなかった(m, n)。バスは11月30日が採集運行日だったからだろう。男体山(o)、大真名子山と小真名山の間の女峰山がとても印象的だった(p, q)。のんびりと歩みを進め、pm1:30頃に車に戻った。昼頃から暖かくなりこの時は13℃もあった(r)。奥日光に車は少なく、順調にいろは坂を降り、市営温泉やしおの湯で汗を流した。
 
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2025年12月1日(月)  山歩きとガソリン代の功罪
 11月はガソリン代が17,600円。今年最も少ない月は6月の8,448円で、最も多い月は7月の18,073円だった。平均すると月12,754円。日常買い物だけで車を使うケースはほとんどない。10Km未満の近場の買物は歩きか自転車だ。重いものや嵩張るものを買うときは10Km未満でも車を使うが、そういったケースは月に1度あるかないかだ。
 ガソリン代の内訳はその大半が山歩きのための出費だ。年に数回ほど隣県に住む家族の元に行ったり、亡妻の墓参り(散骨した山)のために1日で200〜300Km以上走る。しかし日常はたいてい往復でも100Km未満だ。日常の買物は山から帰宅途中でする。
 ちなみに金精トンネル入口まで片道50Km、日光湯元45Km、赤沼駐車場40Km、宇都宮森林公園18Kmといったところで、往復でも100Kmを越える場所は少ない。月に15〜20回ほど山を歩くが、そのトータルが月平均12,754円ということだ。

 ガソリン代こそ高額だが、これは別の経費の大幅な節約になっている。猛暑や厳寒の時期にも日中の大半を外で過ごすので、光熱費は世間の高齢者世帯の20%にも満たない。 冬場の暖房の主役は灯油ファンヒータと炬燵だが、灯油料金は月3,500円前後。デスクトップパソコンを2台、24時間稼働させているが、テレビはニュース・天気くらいしか見ない。そのため電気代は通年7,000〜12,000円。
 食費を月7,000〜15,000円に抑える必要性からも、好天ならば日中外で長時間過ごす。これは諸々の出費に大いに貢献している。ボケ防止にも役立っているはずだ。



[節目]

2021年6月20日庚申山にて遭難:自力で生還 (たわごと 2022年6月15日)
2018年5月26日浅井淑子 交通事故に遭い死亡

 
2017年1月
 
きのこ雑記 を廃して、日々の雑記 として再出発
 「きのこ雑記」は「こけ雑記」と並ぶサブ・サイトとした
2017年1月こけ雑記 再開
2015年6月26日福島県いわき市から栃木県日光市 へ転居
2012年1月26日埼玉県川口市から 福島県いわき市へ転居
2006年7月こけ雑記 開始 (2011年8月 中断)
2001年4月今日の雑記 開始
2000年11月きのこ雑記 開始

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