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2025年7月20日()  湖畔は涼しくて快適だった
 昨日龍頭の滝駐車場に車を駐めて、湖岸通りから千手ヶ浜に出て、千手ヶ原を散策して同じ道を戻った(a)。am6:40頃駐車場に着くと、まだ車は少なく気温は16℃だった(b)。
 千手ヶ浜に向かう遊歩道には、倒木で道が塞がれたところや(c)、階段設置工事中のところ(d)などがあった。千手ヶ浜は波も穏やかで、寝そべるには快適な状態だった(f〜h)。ここで草地に横になって30分間ほど眠った。
 千手ヶ原をのんびり散策して(i)、西ノ湖に向かった。湖面は相変わらず水が少なく、2万5千分の1地形図の1/4ほどの大きさしかない(j, k)。前夜暑くて寝不足だったので、昼食後に(k)、ここで1時間ほど眠った。気温は23.4℃だった(l)。
 
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 千手ヶ原では例年よりきのこの発生は悪かった。15〜20種ほどに出会った。それらのうちからいくつか取り上げた。テングタケ類(m)、タモギタケ(n)、アシグロタケ(o)、マツオウジ(p)、ゴムタケ(q)、汗をかいたような姿の硬質菌(r)。
 
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 夏休み初日、連休初日とあって、早朝からいろは坂には長い車列ができ、中禅寺湖畔には観光客の車がとても多かった。しかし、湖畔の遊歩道や千手ヶ原にはほとんど人の姿は見られなかった。市営温泉やしおの湯はかなり混み合っていた。


2025年7月19日()  新薙上部はきつかった:太郎山
 昨日新薙コースから太郎山に登り、小太郎、山王帽子山を経て山王峠側に下りた(a)。総行程17Kmほどあり、光徳からは舗装路歩きとなり結構きつかった。
 朝6:00少し前に梵字飯場跡に着いた時、気温は11℃で寒かった(b)。林道歩き(c)の途中でショウキランが咲いていた(d)。樹林が開け太郎山が見えだすと(e)、志津と太郎山との分岐は近い(f)。林道をやや歩くと太郎山への表示が出てくる(g)。
 このコース前半は普通の登山道だが、次第に急になりロープ場も数多く出てくる(h, i)。途中からの展望はすこぶる良い。男体山が美しい(j)。遠く富士山も仰げた(k)。
 
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 コース上部では新薙を2度ほどトラバースする(l, m)。ここは慎重に歩を進めないと危険だ。また、お花畑直下の岩場はかなり手強い。お花畑とはいうものの、今回もほとんど何の花も咲いていなかった(雑記2020.9.18)。
 太郎山の頂(n, o)からは360度の展望が得られた。新薙コースで出会ったのは一人だけだった。稜線の岩場を越えて(p)、小太郎へ(q)。ここでも素晴らしい展望が得られた。眼下には中禅寺湖と社山などが広がっていた(r)。
 小太郎からは一気に下り少し登って山王帽子山に着いた(s)。深い笹薮の道を下って山王林道に出て山王峠に登り(t)、ここからはハイキングコースを光徳園地まで下りた(u)。園地で昼食をとった(v)。牧場の脇を歩き(w)、梵字飯場跡までは舗装道路を延々と歩いた。気温が上がりこれが結構辛かった。車の戻ると温度計は30℃を示していた(x)。
 
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 いろは坂を下りると市営温泉やしおの湯で汗を流した。


2025年7月18日(金)  雨の戦場ヶ原散策
 昨日は早朝から昼過ぎまでずっと雨だった。三本松駐車場に車を駐めて雨の中戦場ヶ原を歩いた(a)。自宅を出るときは雨、三本松に車を駐めたときも雨(b)。戦場ヶ原はすっかり雲に覆われていた(c, d)。雨具は着ないで、折り畳み傘をさして歩き始めた。
 戦場ヶ原の中央を通る自然研究路の補修工事は着々と進んでいる(e)。樹林の中はすっかり水浸しで至るところに池ができていた(f)。湯滝(g)前の店は営業していた(h)。この日は通行止めの道を選ばず、久々に小滝の前を通った(i)。
 
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 雨にもかかわらず20〜25組ほどのハイカーに出会った。ほとんどの人は上下に別れた雨具を着て傘をさしていた。こんな天気でも小学生の集団がビニール雨合羽をはおって遊歩道を歩いていた(j, k)。きっと日程変更ができなかったのだろう。
 戦場ヶ原では至るところにホザキシモツケが群生し(l)、随所にバイケイソウが花を開いていた(m)。遊歩道の足元ではハクサンフウロが雨に打たれて頭を垂れていた(n)。きのこは意外と少なく、テングタケ類(o)、ベニタケ類(p)、フェアリーリングをなしたモリノカレバタケの仲間(q)。さらにカバノアナタケ(r)を数ヶ所で見た。
 
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 午後1時頃になっても雨はやまなかったので、車内で昼食をとった。いろは坂を下りてしばらく走ると雨はやみ、一部に青空も広がってきた。下界はとても暑かった。


2025年7月17日(木)  バッテリー式草刈機がついにオシャカ
 数年前に中古で購入したバッテリー式草刈機がついに壊れた。これまで40回ほど使用したが、今年の5月はじめ頃から頻繁に途中で止まってしまうようになった。そして今年の6月になると完全に動かなくなった(雑記2025.6.9)。
 昨日午前中バッテリー式草刈機の先端モーター部分を分解してみた。泥にまみれ、すっかり錆びついてモーター部分を露出するのにかなり手間取った。動かないはずだ。モーターのコイルの一部の被覆が破損しショートして焼けていた。
 そうなると、電源コード式の草刈機だけで作業をするしかない。延長コードを繋げると庭の隅々まで届くが、肝心の草刈機本体にかなりガタがきている。むりもない、日光市に転居してすぐに購入して、さんざん酷使してきたのだから。
 コード式草刈機の寿命は案外近そうだ。そこで改めてバッテリー式草刈機を購入することにした。今回故障したバッテリー式草刈機は3,000円ほどで購入した中古品だった。安物の中古品にしてはよくもったものだ。今回は新品を購入してみることにした。


2025年7月16日(水)  強い風雨でジメジメした一日
 昨日は朝から夜まで雨が降り続き、強くなり弱くなりし、時折激しい風も吹いた。あまりにも蒸し暑いので、窓を少し開けておいたところ、室内が窓を中心としてビショビショになってしまった。しかたなく窓を締めた。以前にも同じような失態を演じている。焼きが回ったか。同じ失態を繰り返すことこそ、ボケの兆候か。
 午前中に日光だいや川公園の農産物直売所に行って、レタス、ホウレンソウ、ネギなどを買ってきた。玄米は店頭に並ぶようになったが、値段は相変わらず750円/1Kg以上ととても高い。備蓄米は全くその姿をみられない。
 流石に大駐車場はがら空きだった。直売所にも客の姿はちらほら見かけるだけだった。帰宅後はLISPの勉強をしたり、午後から大相撲を観戦して過ごした。


2025年7月15日(火)  やしおの湯が再開されたと思ったら
 自宅の風呂が使えないので、ふだんは近場の市営温泉を利用してきた。ところが昨年あたりから、いろいろ異変が生じてきた。
 昨年3月末には鬼怒川公園岩風呂が施設の老朽化を理由に閉館となった。この温泉はそれまで市営温泉の中で最も気に入っていた温泉だった。
 かたくりの湯にはサウナが併設されていたが、これも数年前に突然閉鎖された。施設の老朽化のためだという。したがって、サウナを併設する市営温泉はやしおの湯と川治の薬師の湯だけになった。いずれのサウナも低温サウナで少し物足りない。
 自宅から20Km圏内の市営温泉は、上記のかたくりの湯とやしおの湯の他に日光温泉がある。しかし、日光温泉はとても狭くて、ゆっくりくつろぐことは難しい。

 今年の5月28日から改修工事のため長いこと閉館とされていたやしおの湯がやっと7月12日に再開された。ところが今度は、7月2日の落雷で設備が故障したとして、かたくりの湯が当分の間閉館することになった。またまたため息が・・・



2025年7月14日(月)  前白根山でコマクサを堪能
 昨日奥日光の湯元温泉から前白根山に登り同じコースを下りた(a)。湯本温泉から白根沢を登るコースはとても急で登りはまだしも(b)、下りはかなりの慎重さが要求される。この日は地元の山仲間二人と計三人で歩いた。
 前白根山は訪れる人も少なく(c)、大混雑の日光白根山とは対象的だった。コマクサの群落と日光白根山(d)や五色沼(f)はいつまで見ていても飽きることはなかった。撮影したり(e)、沼の色の変化を楽しみながら、山頂に2時間ほども滞在してのんびり過ごした。仲間のうちの一人は奥白根山まで展望を楽しみながら歩いてきた。
 
(a)
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(c)
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 いろは坂を下りた後、再開したばかりの市営温泉やしおの湯で汗を流した。天候にも花にも恵まれ、楽しい一日だった。


2025年7月13日()  雨の鳴虫山:ヤマビルとの激バトル
 昨日鳴虫山を歩いた(a)。朝から雨だった。am7:25頃下山予定の憾満ヶ淵に車を駐めた。雨のためか他には車の姿はなかった(b)。神橋(c)を経て御幸町の登山口(d)から歩き出した。気温は低かったが濡れて歩くつもりで雨具は身に着けなかった。
 神ノ主山(e)まではヤマビルが凄まじかった。10〜20歩毎に2〜5匹をむしり取りながら歩いた。脚を10数ヶ所ほど血を吸われズボンの裾が血痕ですっかり赤くなった。どうやって上がってきたのか、ヒルは首と腕にも食らいついてきた。
 神ノ主山を過ぎるとヒルの猛攻撃は少し軽くなった。道の真ん中にマムシがとぐろを巻いていた。突くと飛びかかってきた。暗い中激しく動くのでピンボケ写真になった(g)。鳴虫山(h)、合峰(i)を過ぎる頃になっても、雨は強くなり弱くなり降り続けた。
 憾満ヶ淵の化け地蔵を過ぎ(j)、公園の東屋で昼食をとって(k)、pm0:40頃車に戻った。雨は降り続いていたが、観光客の車がかなり増えていた(l)。雨具を使わなかったので衣類は全身びしょ濡れだった。体は冷え切っていた。この日再開されたばかりの市営温泉やしおの湯で温まって、すっかり着替えてさっぱりした。
 
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 この日は天気予報では終日曇り。しかし完全に外れた。梅雨時から秋頃まで、雨降りや雨後の鳴虫山はヤマビルだらけだ。そのことを忘れて、ヤマビルファイターの散布もせず、塩水+ピンセットは車に置き忘れてしまった。過去に何度も苦い思いをしているにもかかわらず、これらを忘れるとは。認知症の初期症状なのだろうか。


2025年7月12日()  途中から雨に:徒歩で日光駅へ
 昨日日光駅まで歩いた(a)。早朝まで雨が降っていた。am8:00頃に雨はやんだが、空模様は不安定だった。am8:40頃自宅を出たときの気温は23℃だった(b)。
 短パンに半袖Tシャツ姿チロリアンシューズを履いて歩き出した。スマホと昔のコンデジ、使い捨てビニール雨合羽をウエストバッグに収めた。
 県道から国道、杉並木街道をへて日光だいや川公園に着いた(c〜j)。公園の手前辺りから小雨が降り出した。しかし面倒なので雨合羽は着なかった。舗装路主体の道と前夜の寝不足がたたったのか、とても疲れた。JR日光駅から電車で戻った(k, l)。およそ16Km、4時間ほどの長距離散策だった。帰宅するとそのまま1時間ほど眠り込んでいた。
 
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 5月28日から臨時休館していた市営温泉やしおの湯が、やっと今日から再開される。
 久しぶりに「たわごと」に「山歩きのこと(6):コーヒーと緑茶」を加えた。「たわごと」は「きのこ雑記」時代の遺物なので、ここにあえて何かを記述する必要性はなくなって久しい。「たわごと」への追加はこの記事が最後となろう。


2025年7月11日(金)  早朝散歩の習慣が辛くなってきた
 つい最近まで原則としてほぼ毎早朝におよそ7Kmの城山コースを散策してきた。男体山などに登るときもこの習慣は守ってきた。そのため、山登りをする日は、夏場はまだ暗いam3:00頃に散歩を開始しam5:00前に帰宅する。その後朝食を食べてから、改めて車で登山口に向かい、男体山や鶏頂山などに登ってきた。
 最近この習慣がとても辛くなってきた。持病の悪化に伴い深呼吸ができなくなり、右手右足がやや不自由になる、などいくつかの障害が年々強くなってきたからだ。しかし積極的に体を動かさねば、持病はさらに急激に悪化する。
 昨日は久しぶりに遅い時刻に散歩した(a)。am8:40コンデジを持って散歩に出た(b)、明るいので随所でシャッターを切った(c〜k)。帰宅したのはam10:50頃(l)。気温・湿度ともに高く、帰宅すると衣類は汗まみれ、ぐったりしてとても疲れた。
 
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 今後は山登りをする時には、早朝散歩は止めることにした。昨年までは年間200〜250日ほど城山の頂に立った。しかしこれからは50〜60日程度になるだろう。
 ここ数年、体力がすっかり落ちた。高齢化に伴って体力が落ちたばかりではなく、悔しいが持病の悪化が大きく関与している。数年前までは、早朝散歩を終えてから女峰山に登ることができた。いまはそんなだいそれたことはとてもできない。


[節目]

2021年6月20日庚申山にて遭難:自力で生還 (たわごと 2022年6月15日)
2018年5月26日浅井淑子 交通事故に遭い死亡

 
2017年1月
 
きのこ雑記 を廃して、日々の雑記 として再出発
 「きのこ雑記」は「こけ雑記」と並ぶサブ・サイトとした
2017年1月こけ雑記 再開
2015年6月26日福島県いわき市から栃木県日光市 へ転居
2012年1月26日埼玉県川口市から 福島県いわき市へ転居
2006年7月こけ雑記 開始 (2011年8月 中断)
2001年4月今日の雑記 開始
2000年11月きのこ雑記 開始

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