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古着は売るより寄贈した方がまし | |
昨日、最近3年間に一度も着ることのなかった衣類を、古着屋に持ち込んだ。背広上下2組、トレーニングウエア3組、ジャンパー2枚、冬物セーター4枚、冬用ジャケット2枚、ズボン4本など。トータルで20数点、重量にして5〜7Kgほどあった。高い金を出して購入したものもあれば、友人から買い取ったり譲り受けたものもあった。 この1週間ほどの間に、背広やニット類はクリーニングに出し、他の衣類は洗濯してアイロンがけをした。結構経費と時間がかかった。ほころびなどは全く無く、一見して新品同様に見える。しかし今後とも着る機会は殆どないと判断してのことだった。 古着屋に並ぶ衣類は、300円の特別割引品を除けば、大方の商品には1,000〜2万円ほどの値がついている。これらを見ていたので、持ち込んだ衣類には2,000〜5,000円ほどの買い取り価格が示されるのではないかと思っていた。 買い取り窓口に古着を預けて、しばらく店内の商品を眺めて査定額が出るのを待った。似たような衣類には1,000円から15,000円ほどの値がついて売られていた。査定価格が出たというので、買い取り窓口に行った。 提示されたのはTotalで100円ということだった。「1,000円の間違いじゃないの」と尋ねると「間違いありません、100円です」という。こちらの驚いた顔を見てか、「衣類は売ると馬鹿みたいに安価です、もらってくれる知人でもいればそちらに譲ったほうがよいと思います。どうしますか?」と店員に言われた。 もらってくれそうな知人・友人はいない。社会勉強だと思って100円を受け取ることにした。以前怪しい業者が「古着はありませんか? 国の支援も受けています。海外の貧しい国に寄贈します」と言ってきたことがあった。 今回痛感した。古着は売るよりも、送料を負担してでも寄贈した方がましだと。 |
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新緑が快適だった:葛老山 | |||||||||||||
金曜日(5/9)から天気が悪くなり、昨日(5/8)は好天との天気予報。そこで好天のチャンスに活動しよう考えて、昨日葛老山に登った(a)。am8:20頃道の駅湯西川の駐車場に車を駐めた(b, c)。気温は11℃だった。風がなく日向は快適だった。 葛老山へのハイキングコースは、いきなりとても急な階段に始まる(d)。何度歩いてもこの階段はとてもきつくて嫌だ。この階段を抜けるのに20分ほどかかる。途中ヒトリシズカがいたるところに咲いていた(e)。 階段を抜けると、広葉樹林の中を緩やかなつづら折れの道が続く(f, g)。途中には七福神の木彫像と説明がある。恵比寿様だけが唯一日本の神様だそうだ(h)。 山頂に近づくと異様な形の大木が数本ある(i)。花の少ない山だが、このあたりに数本のトウゴクミツバツツジが咲いていた(j)。山頂(k)の東屋で20分間ほど午睡したのち下山した。誰にも出会わなかった。帰路川治で市営温泉薬師の湯(l)でのんびりした。 |
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昨日は穏やかな好天との予報だったので、本来ならば奥日光を歩きたいところだが、木曜日だったので奥日光に上がるのは止めた。下山後に利用するいろは坂下にある温泉やしおの湯が木曜定休だからだ。このため原則として木曜日は奥日光には上がらない。 | |||||||||||||
下と上で別のツツジ:薬師岳 | |||||||||||||
昨日細尾峠に車を駐めて、薬師岳から三つ目を経て、夕日岳、地蔵岳を往復した(a)。この雑記 [1] では薬師岳についてのみ記す。夕日岳については [2]、地蔵岳については [3] として記す。 朝8:10頃に細尾峠に着くと、すでに6〜7台の車があった。気温は10℃(b)。歩き出すと直ぐにトウゴクミツバツツジが迎えてくれた(c, d)。薬師岳の急斜面を登ると、次第にミツバツツジは姿を消し、アカヤシオが次第に増えてきた。山頂に近づくと道の両側はアカヤシオに包まれ始めた(e, f)。山頂からは日光連山を仰げた(g〜i)。 山頂をあとにし、三つ目に向かう。アカヤシオ(j)を楽しみつつ、薬師肩を過ぎると三つ目までは起伏の少ない尾根を歩くことになる。この尾根にはアカヤシオは少ない。 |
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夕日岳、地蔵岳から戻り、再び薬師岳に着くと、ちょうど昼過ぎになったので、そこで昼食を取った(l)。雲が多かったが、晴れ間は多く、風がとても強かった。 | |||||||||||||
アカヤシオに包まれた山:夕日岳 | |||||||||||||
薬師岳の肩あたりまではアカヤシオが咲いているが(a)、その先から三つ目に向かう尾根は、あまり起伏がなく、ツツジの仲間も少ない。しかし三つ目に近づくとにわかに様相が変わる。遊歩道の両側は一面のアカヤシオとなる(b)。 三つ目(c)から夕日岳までの尾根筋はずっとアカヤシオに包まれたようになる(d〜g)。アカヤシオのトンネルといった状態だ。夕日岳の頂は日光連山の方角が大きく開けている(h, i)。足元のカンバの倒木をふと見ると、きのこが出ていた(j, k)。そこで目を上げると一面にアカヤシオが咲き誇っていた。夕日だけはまさにアカヤシオの山だ。 |
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夕日岳をあとにして、この先三つ目から地蔵岳に向かった。 | |||||||||||||
笹に包まれた丘陵:地蔵岳 | |||||||
三つ目から地蔵岳に向かう尾根には最初だけアカヤシオが咲いているが(a)、直ぐにツツジの仲間は全く見られなくなる(b, c)。尾根筋の道は全般的に平坦で、山頂付近だけ多少起伏がある。山頂は緩やかな丘陵状になっていて、一面笹に覆われている(d, e)。展望はほとんど聞かない。
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地蔵岳をあとにし、再び夕日肩から三つ目をへて、長く緩やかな尾根を歩いた。再び薬師岳のアカヤシオやトウゴクミツバツツジを楽しみつつ下山し、pm1:30過ぎに車に戻った。細尾峠を通る旧道は細くヘアピンカーブのとても多い道だ。国道に降りた後、市営温泉やしおの湯でくつろいでから帰宅した。 | |||||||
やっと炬燵を片づけた | ||||
昨日は終日雨、山歩きはできない。室内での生活が強いられたので、この機会に炬燵を片づけることにした。言葉でひと言「片づける」というのは簡単だが、これが結構面倒な作業を伴う。炬燵の上に余計なものがいろいろ乗っているからだ。 そのため、片づけようと思いつつ、億劫でなかなか取り掛かれない。例年そうだが起床時に雨でなければ、しめしめと思って、面倒なことから逃げるように山歩き等に出かけてしまう。そういうことで、片づけはどんどん先送りになる。 |
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昨日の午後、片づけに取りかかった(a)。上に載っていたものをどけて脇に置いた。天板を外して、炬燵布団を取り除いてたたみ、専用の布袋に押し込んだ。なかなか納められないで思いのほか時間がかかる。 裸になった炬燵の骨組みを見ると、本来水平だったものがかなり下側に湾曲している(c)。天板もわずかに下側に湾曲している。脇にどけておいたものを再び載せる。作業途中で、掃除機をかけたり、雑巾がけをしたり、コーヒーを沸かしたり、音楽をかけ替えたりして手を休めるため、作業を終えるのに2時間ほどかかった(b)。 過去の片づけ日は、2024年4月23日、2023年4月28日、2022年4月26日、2021年4月20日だった。それ以前もおおむね4月末の頃に片づけていた。今年は最も遅い。 |
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アカヤシオ最盛期:月山 | |||||||||||||
昨日夫婦山から下山した後、女峰山群を眺めつつ湖周道路を少し進み(a)、月山の登山道に入った(b, c)。登るにつれ狭く急な岩場の尾根道となり、登山道の両脇にはアカヤシオをが次々に現れ、山頂に近づくにつれアカヤシオは鮮やかになった(d〜g)。 月山の頂(h)から下る急な岩のやせ尾根はさながらアカヤシオのトンネルだった(i, j)。慎重に下山し林道に出た後、夫婦トンネルを歩き(k)、am11:30頃車に戻った(l)。 |
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さすがにゴールデンウイーク、この日は5〜6組ほどのハイカーに出会った。夫婦山や月山でこれほど多くの人たちに出会ったのは初めてだった。月山ではたっぷりとアカヤシオを堪能できた。ただ、風がとても強くてやせ尾根では多少恐怖を感じた。 | |||||||||||||
ツツジ開花はこれから:夫婦山 | |||||||||||||
昨日夫婦山から月山に登った(a)。牧場上部、ゲート手前の女峰山群を望む場所に車を駐めた(b)。ゲートのすぐ脇から(c)、ツツジだらけの遊歩道を上がる(c)。しかしごくわずかにトウゴクミツバツツジが咲いていただけだった(e, f)。 途中の道脇にはスミレの仲間が多数咲いていた(g, h)。山頂近くは藪に覆われて道がわかりにくい(i)。山頂は山の頂のイメージは薄い(j)。尾根沿いに先に進むと、途中から栗山ダム湖の向こうに山頂の尖った月山が見えていた(k)。遠くからではツツジの開花状況はまったくわからなかった。尾根筋には花はほとんどなく、ギボウシの葉が目立つばかりだった。尾根を下りて湖周道路に降りる所は長い階段となっている(l)。 |
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湖周道路に降りた後、そのまま月山に向かった。風がとても強かった。 | |||||||||||||
ツツジを楽しんだ:古賀志山 | |||||||||||||
昨日朝古賀志山を散策した(a)。南コースの階段ルートから上がり、北コースを下山した。ツツジをたっぷり楽しんだ朝の軽い散歩だった。 森林公園の大駐車場に着いたのはam7:00前だったので、まだ公園の大駐車場は開いていなかった。道路脇の駐車場に車を駐めた(b)。赤川ダム湖にはたっぷり水が張られ、その向こうに古賀志山から続く稜線が見られた(c)。 階段ルートを上がり(d)、古賀志山の山頂(e)に着くと、早い時刻のためか山頂にハイカーの姿はほとんどなかった(f)。 この朝はツツジの鑑賞を楽しみにしていたが、予想通りたっぷり楽しむことができた(g〜k)。am9:50前に車に戻った。そのまま帰宅の途に就き、am10:20頃には自宅でコーヒーを飲んでいた。 |
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ゴールデンウイークの高山 | |||||||||||||
昨日龍頭の滝上駐車場に車を駐めて高山に登った(a)。ゴールデンウイーク後半初日で青空が広がり、奥日光は大混雑が予測された。そこで早朝自宅を出た。いろは坂は普段よりずっと車は多かったが、自分のペースで気持ちよく走れた。 am6:25頃龍頭の滝上駐車場に車を駐めた。気温は2℃だった(b)。靴を履き替えて高山に向かった(c)。中禅寺湖(d)や男体山(e)の景観を楽しみながら歩き、am7:30には高山の頂に着いた(f)。渋滞が予測されるので、さっさと下山した。途中クチベニタケ(g)、オオシャグマタケ(h, i)、カバノアナタケの菌核(j, k)に何ヶ所かで出会った。am9:10頃車に戻ると直射日光に照らされて車載温度計は19℃を示していた(l)。 |
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下りのいろは坂はふだんよりかなり車は多かったが、比較的スムーズに降りられた。市営温泉の開館はam10:00だが、9:35には温泉に着いていた。開館を待つ人が並んでいた。列につくのはバカバカしいので、少し戻って日光豊川稲荷に行った。ニリンソウの間に多数のキツネノワンとキツネノヤリタケが顔を出していた(m〜r)。 am10:10頃再び市営温泉やしおの湯に行き、まだ客の非常に少ない湯船にたっぷりつかった。温泉をあとにして神橋に向かうと、対向車線は既に長いノロノロ運転の列が続いていた。自分の向かう方向も渋滞が始まり、神橋の200mほど手前から詰まりだした。15分間ほどノロノロ運転を強いられたが、am11:20には自宅に帰り着いた。 |
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この冬は顕微鏡室と台所を生活の場にしてみた | |||||||
昨日は午前中歯医者の予約日。歯の定期検診を終えたあと宇都宮のろまんちっく村に行って、野菜類を買った。その後ガソリンスタンドによって帰宅した。終日雨だったので、この冬の新たな試みを振り返ってみた。 日光に転居して以降、一昨年までは冬場はもっぱら和室の炬燵が生活の中心だった。暖房はもっぱら炬燵と灯油ファンヒーターで、エアコンを使うことはなかった。読書も勉強もプログラミングももっぱら炬燵に入って行っていた(a, b)。 しかし今回の冬は趣向を変えて、顕微鏡室(c, d)と台所(e, f)を生活の中心にしてみた。和室の炬燵を利用したのは一冬通して7〜8回ほどだった。また、エアコンを暖房の主体にしファンヒーターをサブ暖房として使ってみた。 暖房の主力を灯油から電気に変えてみた結果などについては、3月に一通りまとめてみたが(雑記2025.3.17)、現時点でのその他の雑事を略記しておくことにした。 |
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読書中や勉強中の居眠りが減り学習効率はアップした。しかしその反面手足の指の激しいレイノー症状の発症が増えた。ふだん雨でもない限り、朝から午後3〜4時まではおおむね屋外で過ごしてきたので、暖房費はかなり抑えられてきたと思う。想定こそしていたが、エアコンを暖房の主体にした結果の電気料金には驚いた。 | |||||||
ツツジはまだだった:高原山 | |||||||||||||||||||
昨日高原山八方ヶ原の大間々台に車を駐め、一旦小間々台まで下り、大入道から剣ヶ峰を経て釈迦ヶ岳に登った(a)。アカヤシオを楽しむつもりだったが、あてが外れた。 am7:00頃に大間々台に着くと既に多くの車があった(b)。例年この頃から大入道周辺はツツジが開花を始める。花を鑑賞しながら大入道へのんびり歩いて、剣ヶ峰から大間々台に戻るつもりだった。しかしツツジは全く咲いていなかった(c〜g)。 剣ヶ峰の山頂直下は広く雪が残っていた(h)。剣ヶ峰(i)からは木々の間から釈迦ヶ岳を仰げた(j)。この先どうしようか一瞬迷ったが、釈迦ヶ岳に登ることにした(k)。am10:50頃釈迦ヶ岳の頂に着くと、意外と人は少なかった(l, m)。展望は素晴らしかった(n)。 矢板市最高地点(o)を経て、八海山神社(p)で昼食を取った(q)。ずっと展望を楽しみながら下山路を進み、pm1:15頃に車に戻った(r)。 |
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この日はよく晴れていたがしばしば強い風が吹き、意外と寒かった。市営温泉かたくりの湯で汗を流し、たっぷり暖まってから帰宅した。 | |||||||||||||||||||
ツツジ鑑賞ハイク:鳴虫山 | |||||||||||||
昨日鳴虫山に登った。ツツジ鑑賞が主目的だったので、御幸町側から憾満ヶ淵側に向かってゆっくり歩いた(a)。朝憾満ヶ淵手前の駐車スペースに車を駐めた(b)。憾満ヶ淵の駐車場に駐めたかったが、既に満車だったので引き返して、手前に駐めた次第だ。 神橋交差点を越えて、登山口表示から上がった(c)。とてもゆっくり歩いたにもかかわらず、鳴虫山の頂きまでに5〜6組ほどのハイカーを追い越した(d, e)。自分は歩みは遅いが休まない。一方彼らは途中で休むので結果的に山頂には先に着くことになる。 既にアカヤシオはほとんど見頃を終え、今はトウゴクミツバツツジが見頃だった(f, g)。鳴虫山の山頂(h)からは、女峰山群(i)や男体山(j)が雲一つない青空の下に鮮やかだった。合峰、独標を経て憾満ヶ淵に降り、公園の東屋で早めの昼食を取った(k)。am11:30頃車に戻り、市営温泉やしおの湯で汗を流した。風もなく穏やかな花見日和だった。 |
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〇 | 2021年6月20日 | 庚申山にて遭難:自力で生還 (たわごと 2022年6月15日) |
〇 | 2018年5月26日 | 浅井淑子 交通事故に遭い死亡 |
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2017年1月 | きのこ雑記 を廃して、日々の雑記 として再出発 「きのこ雑記」は「こけ雑記」と並ぶサブ・サイトとした |
〇 | 2017年1月 | こけ雑記 再開 |
〇 | 2015年6月26日 | 福島県いわき市から栃木県日光市 へ転居 |
〇 | 2012年1月26日 | 埼玉県川口市から 福島県いわき市へ転居 |
〇 | 2006年7月 | こけ雑記 開始 (2011年8月 中断) |
〇 | 2001年4月 | 今日の雑記 開始 |
〇 | 2000年11月 | きのこ雑記 開始 |
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