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日( )

2026年1月10日()  今年も毘沙門天参拝:外山
 神橋先の稲荷川左岸に聳える毘沙門天を祀る外山に登った(a)。この日の朝am4:30の気温は外気温−7.3℃/室温0.5℃だった。二階の寝室は−1.5℃、寒かった。
 朝は歯医者、入歯の不具合を調整してもらった。1週間ほど様子をみて来週土曜日に再調整することになった。このため早朝自宅を出ての山歩きはできなかった。そこでアプローチが短く、短時間で登れる外山を選んだ。帰路市営温泉にも立ち寄れる。
 am10:30頃上鉢石駐車場に車を停めた(b)。外山の頂には毘沙門天が祀られる。ここへの案内標識が意外と多いことに気づいた(c〜f)。参拝道は意外と急だ(g)。山頂近くには手すりがつく(h)。祀堂(i)からは眼下に日光市街地、遠く筑波山まで仰げる(j)。山頂は目と鼻の先(k)、西に目を向けると女峰山の雄姿が見事だった(l)。
 山を下りて市営温泉やしおの湯に向かった。三が日と違って温泉内はとても空いていた。この日はとても気温が低く体が冷え切っていたので、湯船にたっぷりつかった。
 
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2026年1月9日(金)  強い北風に難儀した:南平山
 川治の南平山に登った(a)。この日の天気予報では終日気温が低く、午後からは強い北風が吹くということだった。am5:30の外気温は−6.8℃。通勤混雑が終わるころに自宅を出た。am9:40頃川治湯元駅近く、市営温泉薬師の湯の駐車場に車を駐めた(b)。
 周辺に雪は全くなかったが、念のためにチェーンスパイクを持った。南平山登山口(c)からしばらくは、厚く積もった落葉の九十九折道が続く(d)。夏道はすっかり落葉の下、靴はすっぽり落葉に潜る(e)。ピンクテープが頼りだ。
 標高700〜800mあたりからぼつぼつ雪が現れる(f)。その先は次第に雪道となるが、積雪は5〜10cm程度(g)、山頂直下ではごくわずかの雪になった。am11:50頃山頂に着いた。積雪は数センチ(h, i)。登山口あたりからずっと小雪が舞い、北風が吹いていた。正午頃から風は猛烈に強くなった。山頂のやや下にある東屋で昼食をとった(j, k)。
 下山時には北風はとても強くなり、時折凄まじい突風に見舞われた。樹にしがみついてやり過ごした。毛糸のニット帽が吹き飛ばされそうだった。これが何度も繰り返された。厚く積もった落葉でよく滑った。山では終始−4〜1℃で、これに強い北風が吹き続けてとても寒かった。pm1:30頃車に戻った。この頃から青空が広がり始めたが、北風は相変わらずとても強かった。薬師の湯は休業中だった。やむなく別の市営温泉かたくりの湯まで車を走らせた。湯船につかってたっぷり冷えた体を温めた。
 
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2026年1月8日(木)  きのこの専門書がすべて部屋から消えた
 菌類観察・研究と蘚苔類の観察に必須の機器と文献が部屋から殆どなくなった。ごくわずかに一般人向けのきのこ図鑑を残すだけになった。顕微鏡は単眼のオモチャのようなものを1台だけ残した。大型本棚がちょうど1本空になった。
 重い大型顕微鏡はじめ中型の三眼実体鏡、プレパラート作成機器などが大型テーブルの半分以上を占めていたが、今はその場所にはプリンターとスキャナーだけになった。空いたスペースには卓上本立に西洋古典語や韓国語、アラビア語の学習書とテキスト、コンピュータ言語の書籍などが並ぶことになった。
 終ったんだなあ、という思いがひしひしと感じられる。寂しさと同時に今後に向けて新たな学習がはじまるんだ、という思いがこみあげてくる。一階洋室のテーブル脇に仮置きしていた機器類や専門文献類、同じく一階和室に仮置きしていた資材と資料もすっかり片付いた。培養セットも消えた。障害物がなくなりすっきりした。
 トップページにある「きのこ雑記」と「こけ雑記」は2018年を最後に一切更新していないが、まだしばらくはこのまま残すことにした。というのもこの数年間も年間7〜10回ほど、写真を使わせて欲しいという依頼が、国内外からくるからだ。


2026年1月7日(水)  ピロリ菌検査、顕微鏡類の処分、そして宴会
 昨日午前中、獨協医大日光医療センターでピロリ菌の検査を受けた。3回ほど胃の空気を採取され、これを検査に回すとのこと。検査自体の時間は短かかったけれども、1度目と2度目の間に5分、2度目と3度目の間に15分間の空き時間。さらに、会計で20分間ほど待たされた。検査までの順番待ちに20〜30分、結局1時間では終わらなかった。
 検査のために朝食をとれなかったので、帰宅後に朝食を兼ねた昼飯をとった。半年ぶりにスパゲッティにした。たれは「スパゲッティの素」というパッケージを使った。8年ほど前にカミコン(亡妻)が購入したものだ。他にもクチナシの実、カレールー、寒天などカミコンの遺品たる食料品は8年経った今でもまだかなり残っている。

 午後1:30頃長野県から友人Kさんがやってきた。彼に託すことにした顕微鏡、実体鏡はじめ菌類関係文献、資料などを車に積み込んでもらった。彼はpm1:30〜5:00まで段ボールに収めては車に積む作業をした。かなりの重労働だった。その後宴会となり、pm9:30頃にお開きにした。Kさんは今日の午前中に帰宅する。



2026年1月6日(火)  積極的休養として古賀志山へ
 前日の高山ハイキング(雑記2026.1.5)では予想以上に疲れた。早く疲れを取り除きたいと思いアクティブレスト[ActiveRest](積極的休養)として古賀志山の初心者コースを歩いた(a)。つまり北コースから山頂に上がり南コースの階段を下りた。
 朝8:40頃自宅を出た。玄関柱の寒暖計は−1℃を示していた(b)。am9:20頃森林公園の大駐車場に着いた。赤川ダムの堤防から古賀志山を眺めたのち(c)、9:40頃歩き始めた。北コースから山頂に上がった(e〜i)。高曇りだったが展望は得られた。
 山頂から岩の道を経て(j)、階段コースを下って(k)、正午頃に車に戻った(l)。車内で昼食をとり12:15頃に駐車場を後にした。
 
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 今日の午前中は近くの獨協医大の医療センターでピロリ菌の検査予定が入っている。朝食はとらないように指示されている。帰宅後に朝昼兼用の食事をする。午後長野県から友人のKさんがやってくる。今夜は鍋を囲んで宴会だ。


2026年1月5日(月)  北風が強く寒かった:高山
 中禅寺湖畔に聳える高山に登った(a)。朝8:20頃自宅を出た。この時の気温は−4℃だった(b)。いろは坂にはが雪つもり、車の姿はほとんどなかった。am9:20頃龍頭の滝上駐車場に車を駐めた。気温は−2℃だった(c)。
 雪山を歩く準備をしてam9:40頃歩き始めた(d)。積雪は10〜15cmだった(e)。足跡がひとつだけあった。尾根に出ると中禅寺湖を見下ろしながら進んだ(f)。
 次第に積雪は増え20〜30cmほどになった(g)。急斜面を上がる途中からは男体山を仰げる(h)。山頂に近づくとさらに積雪量は増え、急斜面では靴はすっかり潜った(i)。山頂に着いたのはam11:20頃(j)。陽当たりがよく積雪は10〜20cm。足跡の主たる先行者は初老の男性だった。彼は昼食をとった後、往路を引き返した。ここで昼食にした(k)。
 
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 昼食後に西側の急斜面を降りた。誰も歩いていない。積雪は30〜40cmほどあり、吹き溜まりでは膝まで潜った(l, m)。急斜面のトラバースではかなり緊張した。熊窪と小田代側との分岐あたりから、ようやく靴が潜る程度の積雪になった(n)。
 ここから太郎山を正面に見ながら(o)、緩くて広い斜面をハイブリッドバス道に向かった。踏み跡はなく道はすっかりかき消されているので注意深く進んだ。高山入口からしばらくバス道を歩き(p)、シャクナゲ橋から遊歩道を進んで(q)、pm1:50頃車に戻った。直射日光下で8℃を示していた(r)。しかし走り出すとたちまち−1℃に下がった。
 
(m)
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(o)
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(r)
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 この日はよく晴れていたが、北風がとても強く、時折凄まじい突風に見舞われた。とても寒かった。いろは坂をおりたあと市営温泉やしおの湯でたっぷり温まった。


2026年1月4日()  顕微鏡室が単なる書斎になった
 昨日も前日同様に寒い一日だった。am6:30の時点で屋外−6.2℃/室内1.3℃(a)。家の傾きが年々ひどくなり、二階の寝室は窓がピッタリ閉まらず、四六時中隙間風が通る。起床時のam4:30には室温−1.5℃だった。毛布の襟元に霜が着いていた。
 前夜からの雪で庭や道路が白かった。早朝散歩には出なかった。ちょうどよい機会なので、きのこ観察・研究に使用していた機器や文献、資料などを机上と書棚からすべてどけた。前日までは大型机には20Kgほどある大型顕微鏡が鎮座していた。そしてその脇には実体鏡、さらに試料作りの機器などが大きく場所を占拠していた(b)。
 顕微鏡と実体鏡、スライドグラスやカバーグラス、シャーレ、ピンセットなどの関連機器は大型机から降ろし、専門文献、培養セットなどはとりあえず部屋の隅に並べたり、積み上げたりした(c〜e)。どの部屋も通路がとても狭くなった。
 これらの機材や文献はネットオークションなどに出せばそれなりの金銭は得られるかもしれない。しかし有効活用してもらえる人たちに無償で受け取ってもらう方がよい。ほぼ25年以上使ってきたり、この間に増えた専門書や資料類だが、今週中にはすべてなくなる予定だ。書棚はがら空きとなり、大型机はすっきりした(f)。
 
(a)
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(c)
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(f)
 雪は昼過ぎにはほとんど消え、日陰の一部に残るだけになった。


2026年1月3日()  正月三が日の神橋交差点は初詣渋滞
 朝8:00頃東照宮脇を流れる稲荷川左岸に聳える外山に登ろうと家を出た。気温は−4℃だった。国道は日光駅前から大渋滞が始まっていた。裏道を走り神橋近くまできた。国道に合流しようとしたが、15分待っても合流できなかった。神橋交差点では左車線のいろは坂方向は何とか流れているが、右側の東照宮方面は殆ど動きがなかった。
 そこで外山は諦めて日光駅方面に戻り、日光だいや川公園に向かった。大駐車場には車はまばらだった(a)。日光連山を望める池は凍りつき、山には雲がかかっていた(b)。遊歩道の落葉や落枝は道脇にまとめられていた(c)。園内ではそこここで職員がブロアーで遊歩道の落葉を飛ばしていた(d)。園内のトイレは昨年から大半が冬季閉鎖され(e)、水飲みはビニール袋で覆われている(f)。散歩する人も少なかった。
 
(a)
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(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
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(e)
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 昼頃帰宅すると玄関柱の寒暖計は6℃を示していた。しかし夕方になると次第に気温が下がり、pm4:00には0℃になった。さらに雪が降り始めた。
 正月三が日の朝は神橋に近寄るべからずだった。そのことをすっかり忘れていた。


2026年1月2日()  鞍掛山の大岩で初日の出
 2026年の元旦は鞍掛山の大岩に登って初日の出を迎えた(a)。am5:20頃鞍掛山登山口に車を駐めた。気温は−1℃だった。すでに3台の車があった。真っ暗な中、ヘッドライトを点けて山道を登った。am6:20頃大岩に着くとすでに数人の姿があった。
 日の出の時刻はam6:54だが、低い位置に厚い雲が帯状に広がり、am7:00頃にようやく日が昇った(b〜f)。40分間ほど大岩の上で待った。気温は−4℃寒かった。陽が昇った頃には初日の出を待つ人は7人ほどになっていた。しかしそれ以上には増えなかった。
 大岩を反対側に降りて(g)、鞍掛山の頂を踏み(h)、奥の院から始まる鎖の張られた急斜面を降りた(i)。鞍掛山神社(j)に立ち寄ってからam7:55頃車戻った(k)
 ロマンチック村の湯処アグリは元旦だけam7:00から営業している。アグリの駐車場はとても混みあっていた。100台以上は止まっていた。ここでたっぷり温まってからam9:20頃帰宅した。玄関柱の寒暖計は1℃を示していた。
 
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 帰宅後に遅い朝食をとった。日本酒を四〜五合ほど飲み、切り餅を二つ食べた。久しぶりによく飲んだので、昼前にはたっぷり酔いが回ってきた。午後になって酔いがさめた頃、早朝散歩のコースを歩いた。暴飲暴食の結果、今朝の体重はプラス2.5Kg、内臓脂肪レベルもかなり高い。


2026年1月1日()  2015年山歩き収めは男抱山
 2025年末の31日、宇都宮ろまんちっく村の近くに聳える男抱山に登った(a)。朝8:40自宅玄関柱の温度計は0℃(b)。am9:20頃ろまんちっく村の大駐車場に車を駐めた(c)。青空の下男抱山から女抱山を仰いだ(d)。
 荷物はコンデジだけ。登山口の駐車場から遊歩道が始まる(e)。初めは樹林の中の急な道(f)、やがて岩峰群からなる男抱山に着いた(g〜j)。筑波山(k)、高原山(l)が一望できた。
 
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 尾根を少し歩いて女抱山へ(m)。女抱山の頂から眺める男抱山は険しい岩峰群がよくわかる(n)。大岩見晴台(o)、二枚岩などを経て再びろまんちっく村に戻った(p)。新鮮な野菜類を買って、湯処アグリに移動した(q, r)。温泉は意外と空いていた。ここでのんびりしたのち帰宅した。
 
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(o)
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(p)
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(r)
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 この日の主目的はロマンチック村で野菜を仕入れ、湯処アグリに入浴することだった。男抱山ハイクはそのおまけだ。日光市営のやしおの湯などは閉館している。そこで入湯料金はやしおの湯の3倍以上するが諦めてアグリを利用した。


[節目]

2021年6月20日庚申山にて遭難:自力で生還 (たわごと 2022年6月15日)
2018年5月26日浅井淑子 交通事故に遭い死亡

 
2017年1月
 
きのこ雑記 を廃して、日々の雑記 として再出発
 「きのこ雑記」は「こけ雑記」と並ぶサブ・サイトとした
2017年1月こけ雑記 再開
2015年6月26日福島県いわき市から栃木県日光市 へ転居
2012年1月26日埼玉県川口市から 福島県いわき市へ転居
2006年7月こけ雑記 開始 (2011年8月 中断)
2001年4月今日の雑記 開始
2000年11月きのこ雑記 開始

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