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2026年2月28日()  雪はすっかり消えた:南平山
 川治温泉の対岸に聳える南平山に登った(a)。薬師の湯駐車場に向かう一本道が通行止めになっていた(b)。そこでam9:00頃川治元湯駅近くの空き地に車を駐めた(c)。通行止めになっていた道は拡幅工事が行われていた(d, e)。
 黄金橋(f)を渡りあじさい公園を経て、南平山登山口から歩き出した。落葉が厚く堆積していて道がすっかり隠れていた(h)。山頂近くの東屋あたりでも雪はなかった(i)。例年だとこの辺りは2月末には必ず積雪があった。
 山頂でも雪はすっかり消えていた(j, k)。ここまでずっと曇り空だったが、風は弱く気温が高かったのでかなり汗をかいた。山頂で岩に腰掛けて昼食をとった(l)。am11:30頃に山頂を後にした。下山にあたっては落葉の滑り台に何度か足をすくわれた。pm1:00頃車に戻った。肉屋坂文のコロッケを買い、市営温泉かたくりの湯で汗を流して帰宅した。
 
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(c)
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2026年2月27日(金)  リハビリスキーと雪原散策
 日光湯元スキー場でスキーを楽しんだ後、スノーシューに履き替えて金精の森コースを歩いた。朝自宅を出るときは雨が降っており、気温は0℃だった(a)。am8:35頃湯元温泉の大駐車場に車を駐めた。気温は1℃で直前まで小雨が降っていた(b)。
 スキーと靴を持ってゲレンデに向かった。リフトが動くまで何度か歩いて上っては滑った。スキー場の上部は湿雪、下部はザラメ雪になり随所に地肌が露出していた。am9:40頃に初級リフトが動きだした。そこでシルバー券を買って(c)、リフトに乗った(d)。朝まで雨だったという。8回ほどリフトに乗った(e, f)。am10:30頃スキー講習とスノボー講習の生徒が40名ほど練習をし始めたが、それ以外の客は殆どいなかった(e)。
 
(a)
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(b)
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(c)
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(d)
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(e)
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(f)
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 am11:30頃スキーを切り上げて車に戻り、スノーシューで金精の森コースを散策した(g)。最初はスノーシューを持って除雪された道を進む。やがてスノーシュー講習の団体が金精の森コースから戻ってきた(h)。ここでスノーシューを履いた(i)。
 設定されたコースは全体にとても緩やかな雪原が続くが(i〜l)、数ヶ所ほど雪崩の巣のような場所を通過する。前日かこの日の早朝に雪崩れた場所が2ヶ所あった(m)。遊歩道は完全にデブリに塞がれていた(n)。
 どこを歩いたらよいのかわかりにくい雪の森を下り、やがて白根山登山口表示の前に出た(o)。踏み跡は全くなかった。pm1:30頃車に戻り(p)、車内で遅い昼食をとった(q)。この朝リフトが動き出すころに雨は止んだ。昼過ぎから時折青空が覗き、気温が7℃まで上がった。日向の車は13℃を示していた(p)。市営の日光温泉で汗を流した(r)。
 
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2026年2月26日(木)  中古のスキーとブーツを入手した
 リサイクル店で中古のスキー板とスキーブーツを購入した。スキー板の長さは150cm。身長−10cmだ。両者合わせて13,100円。久しぶりの大きな出費となった。しかし同クラスの製品を新品で揃えると10万円をこえる。ブーツや板の選択、締め具の調整方法などについて娘から適切なアドバイスを受けた。感謝感謝だ。
 エッジに錆や微細な欠損があり板裏には傷があるが、滑降技術の向上やスピードアップが目的ではないので殆ど影響はない。主目的は右手右足と全身のリハビリだ。近場の日光湯元スキー場以外のスキー場に行くつもりもない。
 
(a)
(a)
(b)
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 雨などもあってこの二日間全く外での活動をしなかった。食事はいつも通り、室内でほとんど動くこともなく過ごした結果は、体重に露骨にあらわれている。今朝の体重は3Kg超、体脂肪率や内臓脂肪レベルも大幅に悪化している。


2026年2月25日(水)  スキーがリハビリになることに気づかされた
 先に日光湯元のスキー場では大きな収穫があった。それは今現在麻痺のある右手右足の有効なリハビリになるということだ。この日リフトから降りるときに、右足を先に着いた結果、転倒してすぐには立ち上がれなかった。係員が心配して駆け寄ってきた。
 このあと意識して右足を使う練習をした。スキーを脱いだ後、右足が普段よりも楽に動かせることに気づいた。左ターンを強く意識した滑りが有効だったようだ。あらためてスキーが単なる高価な遊びだけではないと感じた。

 雪山は歩いてもスキーはこれまで全く考えたことはなかった。スキー場に行けばリフト代金が馬鹿にならない。しかしそれ以前に道具立てに莫大な経費がかかる。だから自分には全く関係ない贅沢な遊びだと考えていた。もっとも滑りたいとも思わなかった。
 リハビリに有効な遊びとしてスキーを考えてみた。毎度レンタルスキーを利用すればとてつもない経費がかかる。しかし娘家族の指摘で知ったことだが、中古スキーセットの購入という手がある。数回分のレンタル経費で入手できる可能性がある。

 自宅から1時間少々で到着できる湯元スキー場は全体が初級者用で、リフトも70歳以上の高齢者は1日券が1,200円。日光在住の身にはこれは大きなメリットだ。今後はリハビリの一環としてスキー遊びを活用する方向で考えることにした。



2026年2月24日(火)  40年ぶりのスキー:娘家族と湯元スキー場にて
 昨日早朝娘家族3人がやってきた。車を乗り換え娘婿Hさんの運転で日光湯元の駐車場に着いた。am8:25頃だったが前日とは打って変わって車はかなり少なかった(a)。
 娘と孫は自分のスキーセットを調達してきていた(b)。Hさんと私はレンタルスキーセットを借りた。スキーを履いたのはほぼ40年ぶりのこと。かつてのスキー板は180cm、身長プラス20cmで先端から末端まで真っすぐの板だった。
 スキーの長さはレンタルショップにまかせた。差し出されたスキー板は146cmだった(c)。短いだけではなく中央部が細いカービングスキーだ。かつてのストレートスキー(真っすぐで長めの板)は今や博物館行きの化石的存在らしい。
 
(a)
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(b)
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(c)
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(d)
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(e)
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(f)
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 滑ってみると、とても大きな違和感を感じた。40年ぶりに履いたからではなかった。ストレートスキー板とカービングスキー板とは、とても同じスキーとは思えなかった。曲がるのに必要な技術は両者で全く異なっていた。かつての技術は却って邪魔だった。
 Hさんと孫は今回が2度目のスキー体験だ。二人とも意外と早く上手に滑れるようになった(d〜f)。とても気温が高く、まるでゴールデンウイークのような陽気だった。昼頃には一部に地肌が現れ、下部は完全なザラメ状態になった。


2026年2月23日()  友人と二人で雪原散策
 友人と二人でスノーシューを履いて日光湯元から小峠コースとシャクナゲ平コースを歩いた(a)。終始快晴無風で暖かくとても快適に楽しい雪原散策を楽しめた。
 起床時am4:30の気温は外気温−3.9℃/室温3.1℃だった(b)。am9:20頃湯元の大駐車場に着いた(c)。既に大半の駐車場が満車に近く、歩きの準備をしている10分ほどの間にすっかり満車になった。大半が首都圏からのスキー客だった。
 友人はビジターセンターでスノーシューを借りた(d)。am9:50頃これをリュックに括り付けて歩き出し(e)、湿原脇(f)から国道に上がり、ここでスノーシューを履いた。
 最初は急な下り、次いで緩やかになり(g)、やがて蓼の海の縁を歩く(h)。傾斜は次第に急になり(i)、小峠直下はとても急だ(j)。小峠(k)のベンチは相変わらず雪の下。2組ほどのハイカーと雑談を交わしたのち、急斜面を下って蓼の海の縁で昼食にした(l)。
 
(a)
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 食後再び国道まで上がり、シャクナゲ平コースを歩いた。足元には湯元温泉街(m)や湯元スキー場(n, o)、湯の湖(p)などを眺めながら歩き、途中から快適な雪の斜面に降りてビジターセンターまで下りた(q)。pm2:40頃車に戻った(r)。日向では12℃まで上がっていた。走り出すとすぐに6℃まで下がった。市営温泉やしおの湯で汗を流した。とても混みあっていた。東武日光駅で解散。とても楽しい一日だった。
 
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(q)
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(r)
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2026年2月22日()  森林限界より高い雪山には行かない
 今年80歳を迎え、怪我の後遺症や持病の悪化で日常生活にもかなりの支障がある。医者や持病のことを知る大半の知人らからは、無雪期の山歩きですら既に非常識と非難されてきた。それだけにこの8年間、必要以上に慎重かつ大胆に山を歩いてきた。
 だからといって事前に周到な準備と緻密な計画を立てるわけではない。多分に場当たり的だ。だいたい朝目が覚めたときに、さてどこの山を歩こうかと決めてきた。大雑把にでも事前に準備したり計画を立てるのは他の人と一緒に山を歩くときだけだ。

 数年前から厳冬期の雪山も歩く様になった。しかし体力・病状・手持ちの装備などを考慮して森林限界より高い山には近寄っていない。若い頃には何日にもわたり厳冬期の北アルプスや南アルプス、八ヶ岳などを頻繁に歩いていた時期もあった。
 今や雪の中で長時間行動するなんて真っ平ごめんだ。そんなことすれば、まさに遭難しに行くようなものだ。あくまでも自力だけで安全に戻ってこられる山にしか行かない。その結果雪はあっても比較的短時間で登降できる山が対象になる。
 あらためて振り返ると、日光という地は実に良い場所だ。近郊に手ごろな低山がいくつもある。厳冬期でも雪の着かない山もあれば、日帰り可能な2,000m前後の雪山もある。さらに1時間も車を走らせればこれら雪山の登山口に着ける。ただ最近は駐車場が次々に有料化されたことがとても痛い。数少なくなった無料駐車場から歩き出すので、従来よりも2〜3時間ほど歩行時間が増えてしまった。



2026年2月21日()  予想外に深い雪:葛老山
 湯西川道の駅の裏手に聳える葛老山に登った(a)。尾根筋の一部には雪の少ない部分もあったが、登山道自体が北東面にあるので予想外に深い雪の斜面が多かった。
 登山口から山頂まで距離は短いし標高も1,100m前後なのでたいして時間はかかるまいと思い、am9:00過ぎに自宅を出た。この時の気温は−3℃(b)。am10:20頃湯西川道の駅の駐車場にクルマを駐めた(c, d)。気温は−3℃だった。
 歩き出しは急な階段が続く(e)。アイゼンは持たずチェーンスパイクを履いた。ところが足元は雪というより氷で、チェーンスパイクは効きが悪かった(f)。冷や冷やしながら凍った部分を過ぎると、あとは山頂直下まで意外と深い雪の斜面だった(g)。誰も歩いていないようで、靴はすっぽり埋まり、時に膝まで潜った(h)。
 山頂は一部地肌が露出している場所もあった(i)。ちょうど昼時だったのでベンチに腰掛けて昼食をとった(j)。気温はずっと−3℃から摂氏5℃で意外と上がらなかった。同じ道を戻り、最後の凍り付いた階段を慎重に下ってpm1:20頃車に戻った(k)。
 
(a)
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(b)
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 この日は晴れ間も出て風も弱く、快適に散策できた。しかし体はすっかり冷え切った。道の駅に常設の市営温泉でたっぷり温まり、帰路川治の坂文でコロッケを買って食べながら帰宅の途に就いた。pm3:20頃帰宅すると気温は4℃なかった


[節目]

2021年6月20日庚申山にて遭難:自力で生還 (たわごと 2022年6月15日)
2018年5月26日浅井淑子 交通事故に遭い死亡

 
2017年1月
 
きのこ雑記 を廃して、日々の雑記 として再出発
 「きのこ雑記」は「こけ雑記」と並ぶサブ・サイトとした
2017年1月こけ雑記 再開
2015年6月26日福島県いわき市から栃木県日光市 へ転居
2012年1月26日埼玉県川口市から 福島県いわき市へ転居
2006年7月こけ雑記 開始 (2011年8月 中断)
2001年4月今日の雑記 開始
2000年11月きのこ雑記 開始

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